1-16 卑劣な策略


白笶びゃくや公子、お世話になりました。このような状態で失礼するのをお許しください。このお礼はまた後日、改めてさせてください」


 それらしく挨拶を交わし、竜虎りゅうこたちが先に邸を後にする。もう夜も明け外は明るい。


 三人が一緒にいる所を従者や他の親族に見られても厄介なので、別々に戻ることにしたのだ。


 姿が見えなくなった後、残された無明むみょうも邸を出ようと歩き出したその時、一瞬力が抜けてぐらりと身体が傾いだ。


 前のめりに倒れかけた身体を、片腕で支えられる。油断していた。ここまで調子が悪くなったのは初めてだった。


「邸まで送る」


 答える前にひょいと抱き上げられ、唖然とする。


「だ、だ、大丈夫っ。ひとりで帰れる!」


 じたばたと暴れてみたが、少しもひるまない。そのまま白笶びゃくやは歩き出してしまったのだ。


 明け方から騒がしい庭先に、ふたりの従者が同時に顔を出す。視線だけ送って、「少し出てくる」とひと言声をかけると、「お気を付けて」とお辞儀を返すだけだった。


「······君の邸は?」


 諦めて、大人しく邸の方向を指差す。無明むみょうの邸は、ここからはそんなに離れていない場所だった。


 道中、無明むみょうが十しゃべり、白笶びゃくやが一返すというやりとりが続いたが、まったく苦ではなかった。


 見慣れた邸の低い塀の前まで来た所で、やっと地面に足が付けられた。細身なのにどこにそんな体力と腕力があるのか、まじまじと下から上にかけて眺めていたら、視線が合った。


「えっと、奉納祭まではまだ時間があるから、狭いけど休んでいく?」


 断ると思っていたが以外にも頷いてくれたので、嬉しくなって後ろに回り、背中を押して一緒に前に進む。


 門を開けて庭に入ると、年老いた桜の木が迎えてくれた。


 縁側からそのまま中へ入る。そこで無明むみょうは邸の様子がおかしいことに気付いた。


 まだ朝早いが、いつもなら藍歌らんかは起きている頃だ。奉納祭の準備があったとしてもそれにはまだ早すぎる。


「母上?」


 声をかけながら奥へ進む。しん、とした邸の中を歩くのは久しぶりで、不安が過った。後ろをついて来る白笶びゃくやはゆっくりと辺りを見回す。

 自分たち以外の物音はしない。


「母上、入るよ?」


 藍歌らんかの部屋に声をかけながら入ったその時、不安は的中してしまう。


「母上っ」


 駆け寄って、うつ伏せになって倒れている母の身体を仰向けにする。思わず揺さぶろうとした手を、白笶びゃくやが制止させた。


「動かさない方がいい」


 言って、ゆっくりと抱き上げ寝台の方へと連れて行き、丁寧に降ろす。顔色が悪いのもそうだが、なによりもどこか違和感があった。


「母上、聞こえる?」


 声をかけると、瞼が少し震え、半分だけだがゆっくりと開かれる。


 失礼、と白笶びゃくや藍歌らんかの手を取り、脈を診る。眉を顰め、何かを確認するように部屋を見回す。


「夫人、起きてから倒れるまでになにか口にしましたか?」


 いいえ、と細い声で答える藍歌らんかは本当に辛そうだった。なぜ白笶びゃくやはそんなことを聞くのか、と首を傾げた。


「母上には奉納舞が終わるまでは、自分が用意したもの以外は口にしないようにって、言ってたから」


「·····これは、毒の症状だ」


「毒!?」


「鍼をうって気を正せば、毒の巡りも少し抑えられる。白群びゃくぐんは医学にも通じているから、役に立てると思う」


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