5-29 交わらない道の先
あのひとは、一度として「私」を見てはくれなかった。
欠陥品の私のことなど、一族の恥さらしだとでも思っているのだろう。
武芸のできない
「姉上の姿が見当たりません。こんな時間まで戻って来ないなんて····捜しに行ってきます」
「待ちなさい。どうせ
「確かに、そうですね」
扉越しに聞こえて来た声に、胸元で握りしめていた指先の血の気が無くなっていた。それはふたりの本音だろう。自分など、最初から必要のない人間だった。
「こんな夜中に外へ出て、あなたになにかあったら心配よ。あなたは、私の大事な娘であり、次期宗主となる者なのだから。
「はい、
音がして、慌てて我に返り、部屋の扉の前から逃げ出す。用意された自室へと戻り、部屋の隅で耳を押さえて蹲る。
どうやってこの邸に戻って来たか、まったく憶えていない。
そっと、暗い部屋で蹲ったままの、
「ほら、ね。言ったでしょ? あなたはここの人たちには必要のない存在。でもね、私たちにはあなたが必要なの」
男の声なのに、女みたいな口調のその闇の化身は、少女の砕けた心に優しく囁く。
「あなたがしたいことを、私たちが叶えてあげる。その代わり、」
甘い甘い囁きは、少女の心を満たしていく。ずっと自分をしまい込んで、他人のために尽くして来た。しかし、その結果がこれだ。
結局、なにひとつ、手に入れることはできず。欲しい言葉は得られず。笑顔の仮面は剥がれ落ちかけていた。それも、もう、必要ない。
「あなたは、私たちのために動くお人形になるの。良い子ね、そう、それでいい」
もう、引き返せない。
戻れない。
その手を取ったその瞬間から、それは決まっていたのだ。先に裏切ったのはあちらで、その報いを受けるべきだと。
「あなたのその満たされない渇望は、私たちが叶えてあげる」
その日から、ずっと闇の中にいる。光は届かない。もう二度と、届かない。
人形を完成させるため、少女たちを攫って、殺して、分解した。
ひとり、ふたり、さんにん。気付けば五人の少女を殺していた。最初に攫った少女の親たちを
それは疫病と勘違いされ、どんどん広まっていき、やがて都を覆い尽くす。少女の失踪事件は、疫病の蔓延によって人々の中から薄れ、残りの部分を集めるためにまた少女を攫った。
少女たちの親は、疫病の影響を受けて病に倒れ、いなくなったことすら気付いていない。
そうやって、最後の十人目を攫った。あとは、あの瞳を埋め込むだけ。もうすぐ、完璧な人形が完成するはずだった。
「一体、どこから破綻し始めていたのかしら、」
「
「はじめから、」
本当は、解っていたのではないか?
宗主はともかく、
どうしてあの時、気付けなかったのか。どうして信じられなかったのか。
あれはそもそも、本当に宗主と
今となっては、もうどうでも良いことだ。
「姉上、何度も言った。私も母上も
「もう、いいわ」
もう、終わりにしよう。
これしか、方法はない。
隠し持っていた刃物を袖の中で手に取り、
「姉様、駄目!」
突然の事に呆然としていた
「返してちょうだい。
ずっと泳いだ目でこちらを見ては、霊槍を震えた手で握りしめ、動揺していた。今も、肯定しているとしか思えないほど視線が合わない。
「さあ、心臓はここよ。その刃で私を殺しなさい」
それはどこまでも優しい笑み。
そんな均衡に割り入るように、黒い影がゆらりと身体を揺らす。
それは血の気の失せた生白い指先を伸ばし、
地面に足が付くか付かないかというぎりぎりの位置まで持ち上げられ、先程まで浮かんでいた笑みが消える。
あの、人形がまた動き出したのだ。
その一連の動作までがあまりに素早く、誰も手を出すことができなかった。
「姉上を、放せ!」
その沈黙破るように、
同時に、その場に強い風が吹き荒れる。
その先に現れた影に、
「
そこに立っていたのは、白い神子装束のような衣裳を纏う
「渓谷の、妖鬼?」
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