2-18 黒衣の少年


 洞窟の中は薄暗いが、所々に生えている光蘚ひかりごけのせいか、ぼんやりとしているが灯りの代わりになっている。


 奥深くには張り巡らされた糸の結界があり、それに囲まれるように鬼蜘蛛が脚を縮めて休んでいた。


 その糸には、大人ふたりは入りそうな大きな繭が三つほど括られており、繭たちは薄闇の中でうっすらと青白く光っているように見える。


 ひらけた場所のようで、洞窟の中は思いの外天井が高く、広々としているせいか音がよく反響する。ごつごつとした岩や鍾乳洞が点在しており、ぽたぽたと一定の感覚で雫が落ちる音がした。


「これはどういうつもりなの?」


 黒装束を纏った、少年らしき声が鬼蜘蛛に問いかける。


 鬼蜘蛛は反応を示さず、同じ体勢のまま、糸の結界の内側で言葉を聞き流す。この中に少年は入れないらしく、苛つきが声に出ていた。


「俺の蟲笛を遮っただけじゃなくて、他人が操っている傀儡かいらいを制御するなんて、」


 頭に深く被された衣が、少年の表情さえも隠す。皮肉な声で軽く声を上げて笑う。


「鬼蜘蛛もたかが傀儡かいらいのくせに俺に背き、あげく、獲物ごと引きこもるとはね」


 久々に能力を使ったため、力が劣っていたのかもしれない。かつての自分ならこんなへまはしなかった。それもこれも全部あの笛の音のせいだ。


「まあ、これで俺の任務は完了なわけだし、鬼蜘蛛を完全な傀儡かいらいにできなかったのは惜しいが、主人に歯向かうような馬鹿は処分するのみってね、」


 少年は口元に蟲笛を付け、息を吹き込む。すると、真後ろに少年の二倍以上大きな黒い蟷螂かまきりが現れた。その黒蟷螂くろかまきりは、左右の漆黒の刃を擦ってしゃりしゃりと研ぎながら、主の号令を待っているようだった。


「鬼蜘蛛の肉を喰らうのがそんなに楽しみか? だがその前に、お前には邪魔が入らないように他の奴らの始末をしてもらう。お楽しみはその後だ」


 首をかくかくと左右に動かし、大きな深緑色の眼で鬼蜘蛛の方をじっと見ている黒蟷螂くろかまきりに、少年は右手を横に出して制止する。鎌を研ぐ音が耳障りだったのか、少年はふんと蟷螂かまきりの方を仰ぎ見る。


「さっさと行け。夜が明ける前に終わらせろ」


 命を受け、巨大な黒蟷螂くろかまきりは本来の蟷螂かまきりの大きさに姿を変え、洞窟の中を透き通った翅をばたつかせて飛んで行った。


「まあ、本来の目的さえ完遂すれば、過程なんてどうだっていい」


 少年は近くの岩に腰を下ろすと、そのままぶらぶらと足を揺らす。


「あいつは俺たちを利用しているつもりだろうが、利用されてるのは自分だってことを思い知ればいいんだ」


 口の端を歪めて言い放つ。首から下げた蟲笛を指先で弄びながら、少年は漆黒の衣の奥で不敵な笑みを浮かべる。頭から深く被った衣は、口元以外は影になってよく見えない。


 少年のような姿をしているが、実際のところは解らない。


 ふんふんと鼻歌を歌いながら、楽し気に身体を揺らす。調子はずれで独特な音程のその鼻歌は、洞窟の中で反響し合い、不思議な音色を奏でていた。



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