1-27 予兆
邸に戻ると、
薄青の衣が目に入って、ふと、約束を思い出す。明後日には
衣裳を脱ぎ、いつもの黒い衣に着替える。髪の毛は面倒なのでそのままにしておく。書物や竹簡の山で埋め尽くされた文机を少しだけ片付けて、その空いた場所に伏せた。
頬にかかる髪や落ちてきた赤い紐はそのまま、近くにある書物をパラパラと適当に捲る。
「
『一緒に、
あの時の
覚えていないだけで、もしかしたらどこかで会ったことがあるのだろうか?
(いや、あんな綺麗な顔、一度でも会っていたら忘れないだろう)
明日また会って話をしたら、なにか聞けるだろうか。ああ、その前に宗主に許可を貰わないと、と思ったところで、意識が途切れる。
毒はほとんど抜けていたが、疲れていたこともあって、そのまま眠ってしまった。
少しして、
正直、今日の
その高い霊力も、能力も、行動力も。鳥籠から小鳥が飛び立ってしまうかのように。
「
ここに留めておくのは狭すぎるだろうか。
まだ幼さの残るその寝顔を見下ろし、頬にかかる髪の毛をそっと払う。なにかを決意するように、
****
翌朝。
外出用の白を基調とした赤い紋様が入った衣を纏い、髪の毛をいつもの赤色の紐で高い位置で括っている。
妖退治の時とは違い、外出用の衣は公子だと解る格好をしなければならない。今までも何度かこの格好で都を歩いたことがあるが、その時は仮面を付けていたので、どこに行っても第四公子だと皆すぐに判別できた。
しかし、先ほど回ってきた店の者たちもそうだが、目の前の点心の店の顔見知りの売り子も、まったくこちらに気付いてくれない。
「
色鮮やかな茶請けの菓子を前に、背の高い公子の横から顔を出して、そのお嬢様はあれ? と見上げてくる。珍しい翡翠の瞳は大きく、どこまでも澄んでいた。
「紫陽花の点心、今日はもう売り切れなの?」
「ああ、それならまだ奥にあるから、今、」
売り子の青年は首を傾げる。そしてまじまじとこちらを眺め、
「ん? どこのお嬢様かと思ったら、この声、その衣······まさか
と、大いに驚き、ばんばんとその肩を遠慮なしに叩いた。
「まったくお嬢様だなんて、目が悪くなったんじゃない?」
わざとらしく頬を膨らませ腰に両手を当て、むぅと売り子を睨む。いや、どう見ても······と売り子は頬をかいた。
「すまん、すまん。お詫びに好きなだけ点心を包んでやるよ」
「本当? じゃあこれと、それと、あれもっ」
公子様は、どれがいい? と袖を引っ張って訊ねてくる
「それにしても、
この売り子もそうだが、今まで訪ねた店のだれもが、
「色々あって、友達になったんだっ」
「そりゃ羨ましい。こんないい男、なかなかいないぞ。公子様、
「解った」
「え?」
即答した
夜に
みんながみんな知っているわけではないが、土産の山はそれを知っている者たちからのものだった。
「ほら、これはお前の分。後で
「ありがと。じゃあもう行くね」
色鮮やかな青い紫陽花の形をした点心をふたつ包んで手渡すと、またな、と手を振って、常客を見送った。
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