1-28 ふたりの時間


 多くの人で賑わう都の盛り場は、様々な店が立ち並ぶ。


 昼を知らせる鐘が鳴り、ふたりは丁度目の前にあった食事処へ入った。無明むみょう白笶びゃくやの衣を見た店主は、他の客たちがいる一階ではなく、二階のさらに奥の部屋に通す。


 任せると言われたので適当に料理を頼むと、少しして頼んだ料理が運び込まれ、丁寧に低い机の上に並べられた。


紅鏡こうきょうの料理はどれも美味しいんだけど、碧水へきすいの料理とはやっぱり違う?」


 大皿にのった料理を少しずつ皿にのせて、白笶びゃくやの前に差し出す。


「どうしてあの時、晦冥かいめいにいたの?」


 今更だが、なぜ昨夜、あんな場所に偶然居合わせたのか。それがどうしても気になっていた。あんな場所、普通なら頼まれても訪れたいと思う者はいないだろう。


「毎年、この時期に訪れている」


 寄せられた料理を口にしながら、表情を変えずに白笶びゃくやは淡々と答える。どうして訪れているのか、と訊きたかったが、止める。


「そっか。でもそのおかげで俺も竜虎りゅうこも命拾いしたってことだね。公子様は、あの六角形の赤い陣、見たことはある?」


「あれは、······かつてあの地を支配していた、烏哭うこくの宗主が作り出した陣のひとつに似ていた」


 箸を置き、真っすぐにこちらを見つめてくる。無明むみょうはその灰色がかった青い瞳に、吸い込まれそうになる。


 紅鏡こうきょうの者は紫苑色の瞳の者が多いが、碧水へきすいの者は瞳が青いらしい。


 生まれた地で色が違うため、どこから来たかはその瞳の色で解る。翡翠は光架こうかの民の特徴らしい。


「けど、ずっと昔に伏魔殿に封じられてるひとの陣が、どうして?」


烏哭うこくの一族は一族といっても血の繋がりはなく、邪神を崇拝する術士たちもひと括りにされていたという。彼らが陣を模していても不思議ではない」


 すっと伸びた背筋は凛としていて、抑えていても低く響くその声は説得力がある。


「どうして、そんなこと知ってるの? 古い書物にも載っていないのに、」


 陣のこともそうだが、まるで見てきたように語るので、不思議でならなかった。数百年前の記述は、その当時の神子みこが自分の魂を犠牲にして、伏魔殿にすべての邪を封じたと書いてある。


 しかし、烏哭うこくの一族に関する記述は、ほとんどなにも残っていない。妖者ようじゃや鬼を操り、この国を手に入れようとしたが、神子みこによって封じられたとだけある。


「······碧水へきすいにある蔵書閣で、当時のことを記した記述を読んだ」


「蔵書閣? そんな珍しい書物がいっぱいあるの?」


 ああ、と白笶びゃくやは頷く。いいなー、行ってみたいなーと無明むみょうはバタバタと行儀悪く足をばたつかせる。


「書物に興味があるのか?」


紅鏡こうきょうにある書物は、ほとんど読んじゃったからなぁ。読んだことのない書物は、興味があるよ!」


 いつの間にか、正面に座っていたはずの無明むみょう白笶びゃくやの隣に移動していて、蔵書閣にあるさまざまな書物の話に聞き入っていた。


 その後も無明むみょうの問いに、白笶びゃくやが短く答えるというやり取りが続き、何度目かの時を知らせる鐘が鳴り響いた頃、はた、と気付く。


 話に夢中でまったく気にしていなかったが、無明むみょう白笶びゃくやの左側にぴったりとくっつき、膝に頬を預けて見上げるように座っていた。自分の中で一番楽な姿勢だった。


(俺、もしかしてものすごく油断してる?)


 それくらい、居心地が良い。


 急に言葉が止まった無明むみょうを、黙って見下ろしてくる白笶びゃくやの表情は、やはりどこまでも無に近いが、別に冷たいとは思わない。


「あー······えっと、そろそろ戻らないと、」


 そうだな、と静かに頷く。先に立ち上がって部屋の隅を占領していた荷物を抱え、空いている右手を無明むみょうに差し出す。


「あ、ありがとっ」


 一瞬戸惑ったが、慌ててその手を取る。まるで、それが当たり前であるかのように手を差し出されたので、驚いた。


「ねえ。公子様は、いつもこんな風に色んなひとを甘やかしてるの?」


 覗き込むように訊ねてくる無明むみょうは、どこまでも純粋で、真っすぐだった。何と答えればいいか無言になった白笶びゃくやだったが、


「····君にだけ」


 と、真面目に答えた。


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