4-2 そのままでいて



 竜虎りゅうこは正直、頭の中がぐちゃぐちゃだった。この数年間、無明むみょうと仲良くなって、一緒にいて、自分がどうなりたいかをずっと模索していた。


 妖退治の時も、遊んでいる時も、何気ない会話をする時も。いつだって無明むみょうは楽しそうで、ムカつくくらい色んな才能に溢れていて、それを思い知っては落ち込むこともあった。


(けど、こいつは、いつだって······)


 いつだって、馬鹿みたいに無邪気な笑みを浮かべて、傍にいた。義弟であり、友であり、好敵手。


 そんな手の届くところにいたはずの存在だったのに、まさか数百年も眠っていた神子みこの生まれ変わりだったなんて。


 華守はなもり神子みこを守るために、かつては五大一族の中から一番強い術士が選ばれたという。


 しかし、前の神子みこ華守はなもりを自分の眷属にしたため、永続となった。永遠の輪廻だなんて、想像できない。


 過程は話してはもらえなかったが、白笶びゃくやがあれほど無明むみょうに執着していた意味が、理解できた。


(一体、どれだけの時間をひとつの想いだけで生きて来たんだ?)


 神子みこを待ち続けて、何度も輪廻を繰り返し、誰にも言わずに生き続ける。せっかく目覚めた神子みこは、すべてを忘れて生きていた、なんて。報われなさすぎるだろう。


 そればかりは白笶びゃくやに同情せざるを得ない。


「俺も、今まで通りでいいん、だよな? 傍にいても、いいんだよな?」


 このまま、旅は続けてもいいのだろうか。一緒について行ってもいいのだろうか。


「当たり前だよ! 今まで通りっていったでしょっ! 竜虎りゅうこと一緒じゃなきゃ、俺は嫌だよっ」


 俯いていたせいもあり、竜虎りゅうこは突然抱きつかれて息が止まるほど驚いた。無明むみょうは嬉しそうに弾んだ声でそう言って、ぎゅっと首にしがみ付いていた腕を強める。


「馬鹿! 苦しいっ······離れろっ」

「やだ! 離れないっ」


 竜虎りゅうこはこの光景を微笑ましく見られている気恥ずかしさと、心のどこかが締め付けられるような苦しさで、混乱する。


 けれども本当にいつものように無明むみょうが懐いてくるので、嫌がるふりをしながら困ったように笑った。


(絶対に、守る。なにがあっても、俺が、)


 白笶びゃくやと視線が重なる。華守はなもりはひとりだけど、別に神子みこを守る者はひとりとは決まっていないはず。今のままでは足手まといでしかないが。


「では、私は各宗主に知らせを飛ばす。白冰はくひょう、お前は他の三家、術士たちや内弟子たちに上手く説明をしてやって欲しい。私より適任だろう。くれぐれも皆がこれ以上詮索しないように、頼んだぞ」


「お任せください。はぐらかすのは得意分野です」


 飄々とした言い回しで、白冰はくひょうは楽しそうに答える。生き生きとしてるな······と竜虎りゅうこは抱きつかれたままの態勢でそれを見ていた。


「ほっとしたらお腹がすいちゃったよ! 清婉せいえんのご飯が食べたい!」


 朝餉を食べ損ねたことを思い出し、無明むみょう竜虎りゅうこからやっと離れて、そのまま立ち上がった。


「もうすぐ昼なんだから、我慢しろ」


「なんだよ、ケチ」


「······いい度胸だなっ」


 竜虎りゅうこは引きつった笑みを浮かべる。本当に、憎たらしい。なんでよりにもよってこいつが、あの、神子みこなんだっ!?


「ありがと、竜虎りゅうこ


「うるさい。お前が望んだんだ、後で後悔しても俺は知らないからなっ」


 そんな騒がしいふたりをただ見つめ、白笶びゃくやは玄武洞でのことを思い出していた。今から約一刻いっとき前。無明むみょうが告げた言葉。


 その言葉は、白笶びゃくや狼煙ろうえんにとって、無明むみょうというひとりの人間に対して、自分たちがどれだけ傷付けていたかを思い知らされるには、十分だった。


宵藍しょうらん······、)


 かつての愛しいひとの名。今はもういない、ひとの名。


(······君は、もういないんだな、)


 それでも、傍にいる。守る。守りたい。そう、思えた。


 君はいない。君の代わりにもしない。

 無明むみょうを、守ると決めた。


 あんな涙を、もう、流させないためにも。



 もう一度、最初から、君と。 



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