6-15 花ひらく
(連れ出して
会話という会話がない。しかし、
夏の夜。昼の暑さが嘘のように、涼しい風が吹いている。春はとうに過ぎ去り、気付けばこの地で夏を迎えた。
宿にいてもあのふたりの邪魔になるだけだから、ある意味気が楽だった。あのふたりは、もはやあれが通常で日常なのだと思うようにしている。
あれとは、あれだ。言葉にすると恥ずかしすぎて死にたくなるような、あの、空気。
「
急に声をかけられ、思わずびくっと肩を揺らす。箒を持っていた手が止まっているのに気付かれたのだろう。
もう随分と遠くへ行ってしまった燈たちの代わりに、都の灯りも戻り、この白帝堂の灯篭にも
おかげで辺りがほんのりと明るくなる。
「何かしていないと、落ち着かなくて」
「その気持ちはわからなくもないが······、」
なぜ掃除?
「私は、姉上に恨まれていた。知っていた。だから、姉上の言う事は絶対で、私が拒否する権利などないのだと」
何もない場所を掃きながら、
「姉上がなにか良くないことをしていると知っていながら、見て見ぬふりをしていたんだ。結局······止めることも、解り合うことも、できなかった」
後悔だけが、押し寄せてくる。
どうしたら正解だったのだろう?
「そんなこと、考えたってどうにもならない」
「しかし、私は、考えてしまう。私が同じ立場だったらどうなっていただろうと。同じことをしていたのだろうか、と」
「君は、自分が不幸だからって、他人を傷付けるひとなのか?」
「違うだろう? 君は、誰かのために戦えるひとだ。そんなひとが他人を傷付けて、笑っていられるとは思えないが?」
「そうか、そう、だな」
紺青色の上衣の胸元に下がった、琥珀の玉飾りをぎゅっと祈るように握り締める。ふと、足元にあたたかく柔らかいものの存在を見つけて、その表情が綻ぶ。
それは、まるで――――――。
(花でも咲いたかのような、笑みだ)
足元にすり寄っているのは真っ白な子猫だった。よく見れば、ぞろぞろと猫が辺りに集まって来ていた。家族だろうか?この辺りを住処にしているのだろう。茶色や黒や灰色の模様の猫もいた。
「猫、好きなのか?」
感情を誤魔化すように、
「可愛くて小さいものが好きなんだ」
「そう、なんだ」
別人のように笑みを浮かべ続ける少女に、なんだか動揺してしまう。群がっている猫たちを一匹ずつ撫でて、声をかけている。
この堂に来て、よく手入れをしているのだと言っていた。猫たちも馴染みのある
彼女の意外な一面を見てしまい、なんだか得をした気分だった。
「君は、今みたいに笑った方が、」
「ん? 何か言ったか?」
言いかけて、
(いやいや! 俺は今何を言いかけたっ!?)
ひとりで百面相をしている
(あんなの、反則だ)
どうか、彼女が、少しでも前に進めるように。
その笑みを、絶やしてしまわないように。
遠くへ行ってしまった祈りの燈に、
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