2-4 白群の第一公子


(本音を言うなら、羨ましくも思うよ)


 奉納祭のあの騒動に関わらなかったのは、別に無明むみょうに手を貸す義理がなかったからではない。


 珍しく弟がお願い・・・をして来た時は驚いたが、白群びゃくぐんの一族が揃って関わると違和感があると思ったからだ。


 あえて関わらなかったのは、場を乱さないためでもあり、あくまで宗主の意見ということにしたかったから。


(だがまさか、あそこで発言するだなんて)


 本当に彼のことが気に入っているのだろう。


無明むみょう殿、弟をよろしく頼むよ。とても良い子だから、ずっと仲良くしてあげて」


「もちろん! あと、俺のことは無明むみょうでいいよ、白冰はくひょう様」


「そう、それは良かった。無明むみょう、君は本当に素敵な子だね」


 傍からそのやり取りを聞いていた竜虎りゅうこは気が気ではなかった。だれとでも仲良くなる無明むみょうのその性格は、恐れを知らない子供と同じだ。


 白群びゃくぐんの第一公子といえば、五大一族の公子たちの中でも一、二を争う手練れと聞く。しかもその一、二はまさに目の前にいるふたりの公子である。


(頭が痛くなってきた········)


 まだ森の入り口辺りだというのに、すでにどっと気疲れしていた。後ろから付いて来る清婉せいえんも同じ気持ちなのか、足取りが重い。


 そんなふたりの気など知らず、前の前を歩く無明むみょうの声だけが響いている。


「明るい内に森は抜けた方がいい。無駄な力を使って渓谷を越えられなくなると、より危険になる」


「そうですね。この森はいつ来ても陰の気で溢れているので、殭屍きょうしや小物の妖を相手にしていては日が暮れてしまう」


 森の先の渓谷がさらに問題だ。そこに十数年前から住まう、気まぐれだが、万が一ちょっかいを出して来たらたちが悪いことこの上ない、特級の妖鬼がいるのだ。


 静かにやり過ごせればいいが、戦いになれば無傷では渓谷を抜けられないだろう。


「最近、渓谷には亡霊が出るとか········民たちの間で噂になってましたよ」


 ぼそぼそと竜虎りゅうこ清婉せいえんは耳打ちする。それを聞いてそういえば依頼の中にあったなと頷く。


白冰はくひょう様たちが紅鏡こうきょうに来た時、その亡霊さんは渓谷にいた?」


「こら、無明むみょう、失礼だろっ」


 会話を聞いていた無明むみょうがとんとんと遠慮なく白冰はくひょうの右肩を何度か突いて訊ねている姿を目にし、愕然とする。


 せめて敬語を使ってくれ、と竜虎りゅうこは項垂れる。いや、様を付けているだけマシと思うべきだろうか。


「ああ、それなら白笶びゃくやが通りがかりに祓っていた。放っておいても害はなさそうだったが、この子はああ見えてお節介なところもあるからね、」


 白冰はくひょうは首だけこちらを向いて、嫌な顔ひとつせずに無明むみょうに答えた。それを聞いた無明むみょうは、白笶びゃくやの方へ歩きながらくるりと向き直る。


 それに気付いて素早く顔を背けた白笶びゃくやは、口元を片手で覆っている。


「さすが公子様!」


 にこっと満面の笑みで褒め称える無明むみょうが眩しすぎるのか、正面を見ないようにしているようだった。


「ちょ、お前、白笶びゃくや公子を困らせるな!」


 怒鳴りながらずるずると引きずって自分の横に連れ戻すが、へらへらと笑っている無明むみょうに呆れてそれ以上何も言わなかった。


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