3-21 白笶の秘密



 首に刃を突き付けられても、狼煙ろうえんは肩を竦めてただ笑うだけだったが、氷に映し出された、その刃の持ち主を確認することは忘れなかった。


 気配もなく、背後を取られたことに少しばかり驚いていたのも事実。


「ていうか、よくこの場所が解ったね?」


 この洞穴の存在を知る人間は、この世にいないはず。たまたま見つけた、なんて偶然は考えられない。ならばこの白群びゃくぐんの公子は、どうやってこの場所を探し当てたというのか。


「まずはこちらの問いに答えろ」


 その刃を喉元にぎりぎりまで近づけて、もう一方の刃を背中に押し付けてくる。しかし狼煙ろうえんを傷付けるつもりはないらしく、それ以上の牽制はしてこなかった。


神子みこが望んだことだよ。ちゃんと説明もした······って、ちょっと待って。あんた、なんでこれが契約だって解るんだ?」


 当たり前のように話していたが、よく考えてみたらおかしいことだらけだ。この場所もそうだが、目の前の状況が何かを理解した上で、この公子は訊ねているように思えてならない。


「喧嘩をするなら外でやってくれ」


 太陰たいいんは眉を顰めて、狼煙ろうえんに向かって吐き捨てる。どこぞの公子だろうがなんだろうが、知ったことではない。この洞穴に入っていいのは神子みことその眷属のみ。


「玄武、太陰たいいん様、無礼をお許しください」


「そうそう、無礼な奴は······、」


 うんうんと目を閉じて頷いていた太陰たいいんは、途中で言葉を止める。今、この青年は何と言ったか。

 それにいち早く気付いた狼煙ろうえんが、刃など気にせずに後ろを振り向く。


「は? なに? どういう······え? なんであんたが見えてるんだ?」


 神子みことその眷属しか見えないはずの玄武に、頭を下げ、言葉をかけた。それは、ここが玄武の祠と知っているということ。


 薄青の衣を纏った眉目秀麗な公子は、小さく嘆息し、手元から双剣を消した。


「訳あって詳しくは語れない。ただ、ここがどこであなたが何かは知っている」


 敵意はないことを示すため、白笶びゃくやは改めて拱手をし、丁寧に腰を折って頭を下げた。その言動と行為に、太陰たいいん狼煙ろうえんから疑心の眼差しが向けられる。


 しかし、太陰たいいんの方があることに気付く。神子みこはあの時、なんと言っていたか。


 時間が経ちすぎて忘れていた、とても重要な事を思い出し、再び白笶びゃくやを見上げる。


「君は、ここにいる資格があるようだ」


「ちょっと、なんでひとりで納得してるの? 俺にも教えてよ!」


 太陰たいいん狼煙ろうえんを無視したまま、事の経緯を白笶びゃくやに教える。それに頷くでも首を振るでもなく、白笶びゃくやはただ黙って聞いていた。


「宝玉はどうなった?」


「宝玉は宗主がなんとか抑え込んで、時間を稼いでいます。ただ、これを好機とばかりに妖者たちが騒ぎ出したため、白群びゃくぐんの一族総出で、今それらを鎮めているところです」


 ふたりだけで会話を続けるのを、面白くなさそうに、狼煙ろうえんは腕を組んで眺めている。


 どうやら太陰たいいんは、自分の問いかけに対して、完全に無視を決め込んだようだ。



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