4-19 白冰の奇策



 盛り上がっている中、白冰はくひょうは少し離れた所で白笶びゃくやとふたり、声を潜めて話をしていた。


「······そういうことであれば、兄上の考えを尊重します」


「うん、ありがとう。上手くいけば、黒幕に辿り着けるかもね。まあ、あれにその価値があれば、の話だけど」


 はい、と白笶びゃくやは頷く。


「まあ、それはいいとして。ねえ、私の助言で、君たちの仲は少しは進展した?」


 白笶びゃくやの表情はまったくと言っていいほど無で、白冰はくひょうはあははと肩を揺らして笑った。開いた大扇で口元を隠し、どうやら役に立ったようだと確信する。


「私はね、君が少しでも笑っていられる場所を作ってあげたかったんだけど。どうやら、それはもう必要なさそうだね、」


 寂しいような、嬉しいような、複雑な気持ちだ。それを与えたのは、他でもない無明むみょうで、だからこそ不安にもなる。彼がいなくなったら、どうなってしまうのか、と。


「君たちふたりが幸せになる未来を、私は願ってやまないよ」


 白冰はくひょうは視線を無明むみょうの方へ向け、慈しむような眼でその光景を眺めていた。


 別れがたい気持ちを呑み込み、四人は白群びゃくぐんの邸を出、碧水へきすいの西へと歩を向けた。


 次の地は、竹林に囲まれた古都、玉兎ぎょくと。西の渓谷の先にある山間地帯を越えた先へ。



****



 その夜、白群びゃくぐんの一族が管理する牢の扉が破壊された。最初はびくともしなかった結界牢だったが、何度も叩いていたらその努力の甲斐あってヒビが入り、そして一気に砕けたのだ。


(よし、運がいいぞ!)


 たった数日でこの結界牢から逃げ出せた。あの白冰はくひょうという公子も大したことないな、と心の中で嘲る。


 黒装束を纏った大男は、久々の外の空気をしっかり肺に取り込む。崇拝する邪神の命令で四天のふたりについてきたというのに、とんだ災難だった。


 暗闇に身を隠しながら、大男は見つからないようにこそこそと崖に沿って進んで行く。その背に小さな紙人形が貼りついていることにも気付かずに。


 その姿をその上から見下ろしている者たちにさえ気付かずに。


「本当に良いのですか?」


 雪鈴せつれいは怪訝そうに白冰はくひょうの背に訴える。


「いいんだよ、あんな雑魚。貴重な結界牢がもったいないだろう?」


「わざと弱めてましたよね、結界」


「なにか問題でも?」


 肩を竦めて白冰はくひょうは嘲笑を浮かべる。あんな木偶の坊、飼っていてもなんの得にもならない。主人の許へお返しするのが一番良いだろう。もちろんタダでというわけはないが。


「まあ、紙人形がバレるのは時間の問題だが、そうなった時の仕掛けも二重にしてある。運が良ければ敵の本拠地まで運んでくれるだろう。期待はしていないけれど」


「あの大男は、一体なんだったんです? 烏哭うこくに関しての記述が少なすぎて、情報が得られないのが歯痒いです」


 白冰はくひょうと宗主は、そのことについて白笶びゃくやからしっかりと情報を得ていた。

 

 それを他の者たちに伝えていいものか、迷うところだった。だが、雪鈴せつれいは優秀な術士なので、言っても自身で咀嚼してくれるだろう。


「あれは、烏だ。烏哭うこくには烏というまさに烏合の衆がいる。邪神を崇拝し、邪神の命に忠実に従う人形のような者たち。命以外の行動はしないし、すれば即排除される」


 じゃあ、あの大男は無事では済まないのでは? と、雪鈴せつれいは苦笑を浮かべながら白冰はくひょうの話に聞き入る。


「直属の配下は四人の闇の化身。名を四天。彼らに関しては特殊な能力があるということ以外は、あまり詳しくは解っていない。その中のひとりが白鳴はくめい村を滅ぼした、蟲笛使いというところかな」


「あの時、崖の上にいたふたりがその四天の内のふたり?」


「彼らの気配は異様だった。妖でも鬼でも人でもない。闇の化身という言葉は的を射ているのかもね」


 月夜に照らされた白冰はくひょうの表情が、氷のように冷たかった。


「なんにせよ、動き出した。私たちも準備をしなくてはならない」


「······はい、」


 雪鈴せつれいは急に胸の辺りがざわざわと嫌な感じがした。不安。思わず西の方角に視線を巡らせる。暗闇しかないその空の果ては、一層不気味な漆黒に染まっていた。


 離れてしまった彼らを追うことはできない。自分には自分の役割がある。白冰はくひょうの横で、彼に仕え、学ぶ。それが、白群びゃくぐんの一族に属する自分の役目なのだから。



 大男が視界から消え失せた頃、ふたりの姿もなくなっていた。



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