5-4 猫耳幼女



 玉兎ぎょくとの都から西へ進むと、竹林の中に整えられた大道があり、その先に白帝はくてい堂という、白虎と宝玉を祀った堂がある。


 宝玉だけを祀った玄帝げんてい堂や、普通の人間が行けないような場所にある太陰がいた玄武洞と違い、そこには大きくはないが立派な堂が建てられていた。


 この差は一体······と無明むみょうは心の中で同情したが、逢魔おうまが言うには太陰たいいんは拝まれるのが煩わしいらしく、人が出たり入ったりするのを嫌がっていたようで、始まりの神子がその意を汲んだのだという。


 この堂の管理は姮娥こうがの一族が行っており、よく手入れされていた。白虎少陰しょういんはこの堂の屋根の上でいつもは寝ているらしい。しかしぐるりと一周してみてもその姿は見当たらなかった。


少陰しょういん姐さ〜ん?」


 逢魔おうまが遠慮なく堂の扉を開け、中を覗き込もうとしたその時、なにかがものすごい勢いで向かってくるのに気付き、すっと反射的に避けた。


 その丸まった白い物体はくるくると宙で回転し、少し離れた場所にいた無明むみょう白笶びゃくやの正面に綺麗に着地した。


「あ、えっと、はじめまして?」


 自分よりもずっと小さい幼子の姿をしたそれに、思わず声をかける。


 十歳くらいの少女の姿をしたそれは、肩の辺りで切り揃えられた真っ白な髪の中に、左右ひと房だけ黒い髪が混じっており、その頭の天辺には白いふさふさの猫のような耳が付いていた。


 指先が見えないくらいの袖の長い白装束を纏い、首に赤い紐飾りを結んでいて、そこにぶら下がっている金色の鈴がリンと鳴る。


「逢いたかったぞ、神子みこ!!」


 言って、その猫耳の幼女が無明むみょうの腰に抱きついてきた。灰色の大きな瞳が期待の眼差しで見上げてくる。


 目の錯覚でなければ、白と黒の模様が入った尻尾がゆらゆらと揺れているのが視界に入る。


 ど、どうしたら? と隣にいる白笶びゃくやに助けを求めるが、首を振られた。

 その理由はすぐに判明する。


神子みこ、こいつとはさっさと縁を切れとあれほど言ったのに、今世でもつき纏われておるのかっ!?」


「は? え? ······つき、纏う?」


「そうじゃ! わらわ神子みこを穢したこの華守はなもりの罪、赦すまじ!!」


「けが········え?」


 白笶びゃくやが右手で目の辺りを覆い、俯いていた。神子みことの永遠の輪廻の契約を解っていて、わざと言っているのは明らかだった。


 そう、少陰しょういんは昔から華守はなもりである白笶びゃくやを目の敵にしていた。


 無明むみょうが見ていないのを良いことに、宣戦布告の不敵な笑みを浮かべて、こちらを見てくる四神のひとり白虎は、四神の中でも極端な性格で有名だった。


 ちなみに太陰たいいんもこの少陰しょういんが苦手である。


「姐さん、久しぶりです」


「おう、逢魔おうまか。百年くらい逢わない間に、また一段とい男になったな! 我らの代わりにしっかりと神子みこを守ってくれていたと聞く。いい子だ!」


 跪いて挨拶をする逢魔おうまの頭をなでて、少陰しょういんは満足そうに笑った。この差である。逢魔おうまは立ち回るのが上手いので、少陰しょういんに気に入られていた。


 現に、太陰たいいんに対しては使うことのなかった敬語を使い、跪いて挨拶も交わす。


 少陰しょういんは四神の中でも生まれたのが一番遅く、しかし逢魔おうまよりはずっと年上で、強いて言えば"おばあちゃん"といってもいいくらいだ。

 決して口にすることはないが。


「では、神子みこわらわと契りを交わそうぞっ」


 無明むみょうの方をくるりと振り向き、意気揚々とふんぞり返って見上げてくる幼女、もとい少陰しょういんの勢いに圧され、う、うんと頷くしかなかった。


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