5-20 幕間



 四天の上天じょうてんは、宿屋の屋根の上で事の顛末を見届けていた。隣には特級の妖鬼であるきょうが並んで立っていたが、その顔はどこか満足げだった。


「あの白群びゃくぐんの色男、只者じゃないね」


「まあ、そうでしょうね。神子みこの傍にいるくらいだから、白群びゃくぐん、いえ、五大一族の中でも相当の手練れのはずよ。あなたが油断していたのもあるでしょうけど、」


 くすくすと上天じょうてんは嘲るように笑った。それに対してきょうが腹を立てることはない。むしろ楽しそうに口元を緩めて、あはは!と声を上げて笑う。彼の身体からあるものが無くなっていた。


「見てみなよ、この左腕の傷口。これ、たぶん霊力を回復できたとしても治らないでしょ? 切断された部分の紋様が消えないとか、すげー」


せつの陣の応用かしら? そんなこともできるのね····あの公子殿は」


 左の二の腕から下が無くなっており、その傷口には青白い光を湛えた雪の結晶のような紋様が飾られている。光はその内消えるだろうが、きょうの言うようにその失った腕は戻らないだろう。


 本来なら霊力が回復すれば、鬼は傷を完全に治せる。よほど致命的な傷を負わない限り、だが。


「あら、なんてことかしら····」


 会話を交わしている内に、下にいたはずの白群びゃくぐんの公子と、傀儡となった神子みこの姿が見えなくなった。


「領域結界だな。俺は使ってないよ」


 上級以上の妖者や妖鬼が使う場合のその結界は、人を惑わしたり、自分の縄張りに他の者を侵入させないようにするために張られることが多い。


 それは張った者以外は破ることはできず、外から入ることは不可能だった。所謂、別空間となったその領域は、何が起こったとしても元の場所への影響はない。


 余程のことがない限り。


「せっかく特等席で見ようと思ったのに····つまらないわね。仕方ないわ。もうひとつの場所に移りましょう。あれが余計なことを言う前に、さっさと処分してあげないと、」


「それにしても回りくどいことをするよね、あんたたちの策士は。結局なにがしたいのか解らないんだけど、」


 言って、漆黒の衣に身を包む男に訊ねる。そうね、と上天じょうてんは口を尖らせ、それからにやりと口の端を上げる。半月は真白く、闇夜を照らす。おかげで唇を彩る赤紫色の紅が艶めいて見えた。


(今回に限っては、個人的な因縁を感じるわね。そんなにあの子が邪魔だったのかしら? それとも、自分の復讐の妨げになると思ったか、)


 それとも単に、姮娥こうがの一族の力を削ぐためか。


「いずれにしても、この地の宝玉もさっきの陣で集めた陰の気で砕けたわ。白虎の契約も済んでいるようだし、この茶番が終われば、この地はかつての恩恵を取り戻すでしょうね」


「だからさ、それって穢れが減るわけでしょ? 俺たちの力が削がれるってことだ」


 きょうはやれやれと肩を竦めて、嘆息する。そうなれば、数百年前と同じように穢れが薄れ、低級の妖者はほとんどいなくなるだろう。餌となる妖者が少なくなる分、奪い合いが起こる。強い者だけが存在できた、かつての国に戻るのだ。


「四神の恩恵があったところで、かつてと同じ。私たちには関係ないわ。あの時でさえ、魑魅魍魎は存在していた。むしろ、弱くて無能な妖者が減り、代わりに強い妖者が生まれる。数は確かに減るけど、質のいい妖者が増えると言う事よ」


 それに、と上天じょうてんは続ける。


「解らない方が面白いってことも、あるでしょう?」


「確かにね」


 ふたりはもう一度視線を路地に向ける。大勢の民が重なって倒れているだけのその路地で、何が起きているのか。興味があったが、見えないなら意味がない。


 宿の屋根から影が消える。


 ふたりが向かうのは、姮娥こうがの邸。

 この舞台の終幕を見届け、必要ならば、この手で幕を下ろすために。


 

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