1-20 四神奉納舞


 その低く落ち着いた声の主は、白群びゃくぐん宗主の白漣はくれんであった。各一族の宗主の中で一番歳が上で、貫禄のある白漣はくれんは、すっと手を挙げて発言の許可を求めていた。


白漣はくれん宗主、なにかご意見でもおありですか?」


 辺りが急にしん、と静まる。挨拶をし、白漣はくれん宗主は顔を上げる。


「その方も公子のひとりとお見受けします。話を聞く限り、光架こうかの民の血を引く藍歌らんか殿の子であれば、資格は十分にある。他の一族のことに口を出すつもりはないが、奉納祭を続けるためには彼の力が必要なのでは?」


「お、お言葉ですが、この子にはそんな技術も能力もありません。ましてや貴重な四神の宝玉を浄化するなど、あり得ないことです」


 慌てて姜燈きょうひはその提案に首を振った。


「では、これをどう治めるんだ?奉納祭を中断するなど、聞いたことがないぞ」


 白群びゃくぐんの隣に座していたの一族の若き宗主、蓉緋ゆうひが肩を竦める。


 反対側に座る雷火らいか姮娥こうがは、ただこの騒動を眺めているだけで口は出さなかった。


「ではこうしてはいかがだろう? 公子殿の言う通り代理として舞い、もし失敗するようならば、罰を与えては?」


「それはいいな。能がないのにしゃしゃり出て、場を乱したのだから、それ相応の罰を与えるのが妥当だろう。この奉納祭が前代未聞の延期となれば、金虎きんこの威厳にも関わる」


 口の端を釣り上げ皮肉そうに笑って、蓉緋ゆうひは話にのってくる。真っ赤な衣はどの一族よりも派手で、そのよく通る良い声も目立つ。


 そんな中、同じようにすっと静かに手を挙げる者がいた。


「······その仮面を付けたまま舞うのですか?顔を隠して舞を舞うなど、神聖な四神に失礼かと」


 その低いがよく通る声の主に、大扇を広げて隣に座っていた白群びゃくぐんの第一公子や、後ろに座っていたふたりの若い従者を含む、その場にいたすべての者が驚愕する。


白群びゃくぐんの第二公子は口が利けたのかっ !? )


 と、その場にいた者たちはほぼ同時に、同じ言葉を心の中で叫ぶ。


「ははっ! こりゃあ面白いものが見れたぞっ」


 手を叩いて大笑いをする蓉緋ゆうひを無視して、白笶びゃくやはそれ以上何も言わなかった。またざわざわと辺りが騒ぎ出す。


「静粛に、」


 飛虎ひこは場が静まるのを待つ。その間、無明むみょうをまっすぐに見つめて、仮面の奥の瞳を窺う。微かに真っ赤な唇の端が上がっていた。


(お前の思う通りになっていると?)


 おかしいとは思っていた。その行動や言動に気を取られて、今の無明むみょうの状態を見逃すところだった。


(······霊力がほとんど感じられない)


 何があったのか解らないが、それも関係があるのだろうか。仮面を外させるために、誘導させている。そんな気がしてならない。


「父上、万が一失敗することがあれば、俺はどんな罰でも受けます」


 万が一にも失敗することはないだろう。だがそのためには霊力が必要。そう言いたいのだと悟る。しかし、仮面を外せば、その身がどうなるか予想もできない。


無明むみょうを信じてみてはどうですか?」


 ずっと黙っていた虎珀こはくが落ち着いた声で囁く。


「········いいだろう。やってみるといい」


 すっと立ち上がり、前へ出る。


 歩を進めて舞台の上に立つ無明むみょうの前まで行くと、近くへ来るように促す。立ち上がり、正面の端まで寄って行き、再びその場に跪く。宗主が仮面に手を翳し、印を切る。


 薄っすらと光を帯びた後、仮面は上から下にひび割れ、そのまま真っ二つになって落ちた。静寂の中に、カランという音だけが響く。


 そこに現れたのは、噂のような醜い顔でも、痣でもなく、呪いでもなかった。


「なんと······、美しい」


 誰が言ったのか。思わず声が出たのか。大勢の前で晒されたその顔は、誰もがその言葉の通りだと大きく頷く。


 年齢よりは幼さの残る童顔だが、色白で美しく整った顔は藍歌らんかによく似ていた。伏せていた大きな瞳は翡翠色で、化粧はしていないのに、唯一塗られた唇の赤い紅がよく映える。


 危惧していたようなことは起きなかった。宗主は頷き、無明むみょうは小さく笑った。ほとんど空になっていた霊力のおかげだろうか、制御はできている。


 軽やかに立ち上がり、舞台の真ん中へ飛ぶと、笛を取り出し、口元に運ぶ。無明むみょうの霊力の源は呼吸。笛はそれを増幅させ広げる宝具。


 とんとんと後ろで交差させた右足のつま先を鳴らし、それを合図に澄んだ音色が奏でられた。


 それはいつものでたらめな調子の音でもなければ、適当な音程でもない、優しくも儚い笛の音だった。舞を舞いながら笛を吹き、舞台の上をくるくると回る。


 音が鳴り響いた瞬間から、誰もが言葉を失った。そして目が離せなくなる。


 派手さはないが華やかで、しなやか。美しい笛の音と、そこから溢れる霊力に、東西南北に置かれた宝玉が光を湛えて反応する。


 あっという間に半刻はんときが過ぎ、最後にくるりと回転して舞台の上にそのまま片膝を付いた。


 その瞬間、四色の光の柱が邸の天井に向かって伸びた。


『――――我らが主に、拝礼する』


(······どういう、意味?)


 頭の中に響いた声。いくつかの声が重なって聞こえた気がする。

 舞台の周りから上がった歓喜の声とは別に、はっきりと聞こえてくる声。


『あなたが来てくださるのを、待っています』

『時を経て、再び契約を交わす時が来たのだ』

『待っておるぞ、神子みこ

『我らはあなたと共に、』


 立ち上がって、光の柱を見回す。声が消えていくのと同時に、光の柱もすぅっと薄れていった。その瞬間、邸の中だというのに、色とりどりの何種類もの花が、天井からひらひらと舞い散っていた。



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