3-25 逢いたい



「······これが、神子みこの真実、」


 この国の希望であり、絶対的な存在。それが書物の中の神子みこだった。

 この真実は、きっと誰も知らないのだろう。


「それじゃあ、十五年も前に、封印は解かれていたってこと?」


 烏哭うこくが動き出したのは、あの奉納祭の前日だったと仮定して、それまでまったく気配すら見せなかったのには、何か理由があるのだろうか。


 見えない何かに踊らされているような、そんな気さえする。


 今、ここに自分がいることさえも、もしかしたら誰かの思惑なのかもしれない。そんな風に思ってしまう。


 なぜならあの時、藍歌らんかの身に何も起きていなければ、今も自分はあの邸の中で平穏に過ごしていたはずなのだ。


「話はここまで。続きはまた今度」


「契約の書き換えはもうじき終わるだろう。ここに訪れた時から、すでに書き換えは始まっていた」


 ちょっとまって! と無明むみょうは後ろを振り向く。白銀髪の仮面の少年、つまり始まりの神子みこの姿が薄くなっていた。


 まだ聞きたいことがたくさんあるのに、こんな中途半端なところで終わってしまうなど、頭の中が追い付かない。


「あのね、ひとつだけお願いがあるんだ」


 え? と今度は前にいる自分そっくりな神子みこが言葉を紡ぐ。そこには悲し気な、けれども何かを決心したかのような表情が浮かんでいた。


 神子みこをよく見てみれば、紅鏡こうきょうを出る時に自分がしていた髪形によく似た髪形をしており、編み込まれている赤い髪紐もそっくりだった。


「もし、君の傍に、こんな感じの無愛想で無表情で無口なひとがいたなら」


 神子みこは自分の顔を使って言葉の通りにくるくると表情を変えて見せる。それは、ものすごく解りやすく、無明むみょうは呆然とそれを見ていた。


「彼に永遠の輪廻を与えた時に私が口にした制約は、"自害すること"、以外は嘘だって教えてあげてくれるかな?」


「は? え? どういう、意味?」


「いつか生まれるだろう君に嫉妬して、私以外の誰かを慕うのが嫌だったなんて······ホント、私って馬鹿だよね。同じ存在なのに、」


 とても愛しいものを想うような、そんな瞳で笑って、神子みこは言う。それが誰に対してのものなのか、無明むみょうはなんとなく解ってしまった。


「彼の時間を縛ってしまったこと、後悔してるんだ。だから、伝えて欲しい。あの時の私はもういない。君は、君の守りたいひとを守ってあげてって。それから·····ごめんね、そして今までありがとうって、」


 言い終えると、神子みこの姿も少しずつ薄くなっていく。無明むみょうはその言葉を聞いた途端、なぜか涙が止まらなかった。


「あ、あともうひとつ! もしも金眼の鬼子に会ったら······私のことはもう待たなくていいよって、ひとりでよく頑張ったねって伝えて欲しい」


 言って、神子みこは吹っ切れたかのように笑っていたが、そんな大事な事をどうして自分に託すのかと、胸の辺りがずきずきと痛んだ。


 それはきっと、自分が彼らに聞きたかったこと。


 どうして守ってくれるのか、と。

 いつも傍にいてくれるのか、と。


 その答えは、この神子みことの約束だったからだと思い知る。


「······そんなこと、知りたくなかったのに、」


 自分は、結局、神子みこの代わりでしかなかったのだ。あんな風に笑いかけてくれたのも、彼らの願いも、すべて。


 空間がゆっくりと崩れていく中、無明むみょうは俯いたまま瞼を閉じる。神子みこの記憶もなく、きっと性格もなにもかも違っていただろう。それなのに。


(それでも傍にいてくれたのは、どうして?)


 再び暗闇にセカイが染まった。身体が引き戻されるような感覚があり、目を閉じたままその流れに身を任せる。


(ふたりに、逢いたい······逢って、聞きたいことがたくさんある)


 そして次に瞼を開けた時、最初に視界に入って来たのは、心配そうに自分の顔を覗き込む、白笶びゃくや狼煙ろうえんの姿だった。




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