2-16 見えざる敵の狙い
その行動にその場にいた誰もが驚く。同時に、鬼蜘蛛の眼の黒い部分が
「君をこんな風にしたのは、誰?」
横笛をくるりと器用に取り出して、口元に運ぶ。
(あれは、蟲笛だった········この妖獣を操るだけの霊力を持った誰かが、何かの目的のために村ひとつを呑み込ませた)
その音色はどこまでも穏やかで、優しいものだった。複雑な音色ではないが、どこか懐かしさを感じる曲調。
鬼蜘蛛は今にも襲いかかりそうだった体勢から、縮こまるように脚を躰の方へ寄せて、
(蟲笛の音を中和すれば、きっと、この妖獣は元の知性を取り戻せるはず)
(しかし、彼は一体どれだけの霊力を秘めているんだ? 妖獣を倒せるものは各一族に数人はいるだろう。だが制御できる者など、この世に何人いるか)
扇を片手に
鬼蜘蛛が完全に殺気を無くしたかと思われたその時、
酷い頭痛と耳鳴りが
周りにはやはりなにも聞こえておらず、
「危ないっ!!」
鬼蜘蛛が狂ったように暴れ出し、
振り翳された前脚は勢いそのままに、蹲った
「
赤く染まった異様な空と、目の前の土煙に
風が吹き、空へと舞い上がる。
「これ、血の痕?」
代わりに残されていたのは、飛び散った血痕だけだった。
「早く、追いかけないと!」
「落ち着いて。大丈夫、
「だったらなおさらでしょう! 自分の弟が心配じゃないんですかっ」
落ち着きはらっている
しかも一方は負傷していて、一方は調子が悪い状態。どう考えても不利だ。
「だから、私たちは冷静に見極める必要がある」
冷ややかなその眼差しに、
「おそらく、妖獣を操っている者がいる。私たちには聞こえなかったが、
口元を扇で覆い、その青い瞳を崖の方へと向ける。位置を把握でき、機会を逃さずに号令をかけれる場所。
村の北西にあるあの崖が最適な場所だろう。この村は都に行くために必ず通る村。狙われたのは自分たちである可能性が高い。
村をひとつ潰してでも手に入れたかったモノ。
「父上、玄武の
「狙いはやはりそれか······」
「
だが、そんなことを誰が予想するだろう。ずっと監視でもしていなければ解らない事。
それに
自分や
「とにかく、先程と状況が変わった今、逆に動くのは危険だ。夜になればこの辺りも妖者共がうろつき始める。今、この場所は鬼蜘蛛の領域で、他の者たちは近づけないはず。火を熾して朝を待とう」
もどかしい気持ちをそれぞれ抱え、夜を迎える。鬼蜘蛛が生きている限り、蜘蛛の糸に触れるのは危険なため、亡骸を弔う事すらできない。
貼り付けられたままの多くの亡骸たちに祈りを捧げながら、灯った炎を前に安堵する。
「鬼蜘蛛は痕跡を残して地を進むから、捜すのは難しいことじゃない。それに、獲物はすぐには喰らわないし、仮に操られているなら、目的を果たすまでは無暗に殺したりはしないだろう」
先程までの冷たい眼はそこにはなかったが、声音は淡々としており、
(一体、なにが起きてるんだ?
まるで、何かの始まりのように次々に降りかかって来る出来事に、頭が整理しきれないでいた。どうしてそのすべてに、自分たちは関わってしまっているのか。
見えない何かに無理やり引きずられるように。
底なし沼に片足を突っ込んでいる気分だった。
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