3-5 お世話させてください


 陽が落ち、夜の気配が訪れた頃。

 はく家の大広間には宗主と夫人、白冰はくひょう白笶びゃくや竜虎りゅうこ無明むみょうの他に従者である清婉せいえん雪鈴せつれい雪陽せつよう白群びゃくぐんの弟子たちも揃っていた。


 他の分家の者たちはおらず、あくまではく家にいる者たちだけが集められていた。


 お互いの挨拶もそこそこに、賑やかな雰囲気の中、用意された膳にひと口手を付けたその時、その場にいた白群びゃくぐんの者たちが全員静まった。


「あれ? みんなどうしたのかな?」


 皆が箸を手に持ったまま、固まっているのだ。しん、と静まる中、無明むみょう竜虎りゅうこは不思議に思って目を合わせる。


 それとは逆に清婉せいえんがさああっと青い顔をしてふたりの後ろで縮こまっていた。


「も、もしかして······お口に合わなかったんでしょうか?」


「え? おいしいよ······って、清婉せいえんが味付けしたの?」


 通りでなんだか懐かしい味がすると思った、と無明むみょうは頷く。


「お前······手伝いじゃなくて本格的に味付けしたら、もはや紅鏡こうきょうの味にならないか?」


 竜虎りゅうこは肩を竦めて呆れた顔で後ろを向く。ぶんぶんと清婉せいえんは否定の意味を込めて首を振る。


「ちゃんと碧水へきすい、というか厨房にあった料理の指南書を確認して、雪鈴せつれい殿たちに味見もしてもらいましたよっ」


 三人ともこそこそと声を潜めて会話をしているが、集まれば賑やかしくもなる。しかし、その静寂を破って一斉にその場が歓喜の声に包まれる。


「なんて美味しいの! 市井しせいでもこんなに美味しい料理、滅多に食べたことがないわ」


 夫人が明るい声で幸せそうな顔で頬に手を添えていた。宗主の夫人である麗寧れいねいは宗主よりもずっと若く、二十歳以上は下に見える。


 美しさと可愛らしさを併せ持ち、性格も朗らかで人当たりも良く、白冰はくひょうは性格も顔も明らかに夫人似だと解る。


「もてなすつもりが、こちらがもてなされてしまったようだ」


 白漣はくれん宗主は頷きながら感心したように膳に並べられた他の料理を見渡す。どれも彩り豊かで、いつもの食材が全く別の物に見えた。


 白冰はくひょうは自分が去った後の厨房で一体何が起こっていたのかと首を傾げる。


「すみません。私たちが至らないばかりに、清婉せいえん殿に助言していただいたばかりでなく、結局ほとんどお任せしてしまい······」


 雪鈴せつれいが頭を下げ、困ったように笑みを浮かべた。最初はその包丁さばきに感心し、その後は弟子たちも含めて皆で清婉せいえんを囲んで、料理教室のようになってしまったのだった。


「そうなの? それは素晴らしいわ。もしよろしければ、ここにいる間、時々で構わないので弟子たちに教えていただけると嬉しいわ」


「え、あ、はい。お仕事をいただけるのはありがたいです」


 無明むみょう竜虎りゅうこの世話だけでは暇を持て余すだろうと思っていただけに、清婉せいえんはその提案を喜ぶ。


はく家は他の分家と違い、怪異や妖者退治に関すること以外は時間も人もかけないため、先代宗主の頃から基本的に倹約体質なんだよね」


「もう慣れているからなんとも思わないけれど、よく厨房の食材だけでこんなに何種類も料理が作れたものだわ」


 白冰はくひょう麗寧れいねいはさらりとそんなことを言った。


「そうなの? すごいね、清婉せいえん


「ああ······それは藍歌らんか様と無明むみょう様の食事を作るので慣れていたので、」


 竜虎りゅうこは首を傾げる。どういうことだ? と訊ねると、清婉せいえんは言いにくそうに口を噤む。代わりに何でもないという顔で無明むみょうが笑って答える。


「それは毎回残った食材で作ってくれてたからでしょ。母上が言ってた。清婉せいえんのおかげでいつも助かってるんだって」


「······それって、原因はもしかしなくても、」


「······はい、もしかしなくても、竜虎りゅうこ様のご想像通りです」


 竜虎りゅうこ清婉せいえんは暗い顔で、はあと同時に嘆息する。こんな所で姜燈きょうひの所業のひとつを知ることになるとは、と竜虎りゅうこは憂鬱な気分になる。しかし相変わらず当の本人はまったく気にしていないため、こちらがとやかく言っても仕方がないだろう。


「俺、清婉せいえんが作ってくれるご飯好きだよ。本当はいつもお礼を言いたかったけど、すぐいなくなっちゃうからさ。だから、ありがとう!」


 紅鏡こうきょうでの清婉せいえんは、無明むみょうの奇怪な行動になるべく関わらないようにと、邸にいる時間を極力短縮し、仕事をいかに早く丁寧に完璧に終わらせるかばかり考えていた。


 この数日共に過ごしてみて、解ったことがある。


「いえ、こちらこそ、今後も無明むみょう様のお世話させてください」


 あの邸での無明むみょうも、見事な奉納舞を舞った無明むみょうも、今、目の前にいる無明むみょうも全部彼なのだ。



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