1-25 毒紅の真実


「叔父上、どうされたのですか?」


「は、早くそれを拭って!」


 止めたのは、虎珀こはくの亡き母、蘇陽すよう夫人の弟、周芳しゅうほうであった。


「ははっ······あなたは宗主や夫人、他の者たちが紅を付けても止めなかったくせに、虎珀こはく兄上の時に限って止めるなんて。本当に、解りやすいひとだね」


「どういう意味だ? この紅はなんなんだ?」


 塗ってから急に不穏なことを言われて、虎宇こうは青ざめる。


「でも安心してよ。この紅はただの紅だから」


れ者が、諮ったなっ!」


 その眼は、憎しみと恨みと、事が明るみに出てしまったことへの落胆が、入り混じったものだった。


「こうも簡単に引っかかるなんて、こっちがむしろ驚いてるよ。本物かどうかなんて、正直な話、五分五分だったでしょ?」


無明むみょう、だからこれは何の茶番なの?」


 夫人はいい加減呆れて、肩を竦める。


「母上はこの紅が原因で、倒れたんです」


 懐から本物の毒入りの紅の入った小物入れを取り出して、夫人の前に差し出した。その場にいた全員が真っ青になり、慌てて自分の唇と指に付いた紅を一斉に拭う。


「あはは。塗ってもらったのは普通の紅だから、大丈夫だよ」


「倒れただって? いったいどういう紅なんだ ?」


「先に言っちゃったら、意味ないでしょ」


 黙れ!と忌々し気に虎宇こうが今日一の怒鳴り声を上げた。その場の皆が同じ気持ちだったのか、こちらを見る目がどこか鋭い。


「それが毒かどうかなど、誰が解るというんだっ! お前が適当に言っているだけだろう? そもそも私がそれを用意したという証拠はどこにもない」


「自分で試したから、実証済みだよ。ひとによって時間差はあるけど、俺は舞を舞い終えて、父上にそこの義兄上あにうえが発言した時に、わざと唇を噛んで紅を舐めた。それから邸に戻った頃に効いてきたから、まあまあ即効性があるよね」


「だから、それで私が用意したという証拠にはならない」


 虎珀こはくの手首を解放し、周芳しゅうほうはふんと自身の潔白を訴える。まあ、確かに直接その手で用意したという証拠にはならないだろう。


「そもそもお前は自分で実証したというが、どう見ても毒に侵された様には見えないが? お前の方こそ嘘を付いているのでは? 紅に毒が盛られていたと嘘を付き、藍歌らんか殿が舞を舞えなかった不始末を誤魔化そうとしているのでは?」


 ふっと無明むみょうは見たこともないような冷たい笑みを浮かべた。それにひっと思わず周芳しゅうほうが肩を竦める。


「ねえ、さっきから自分が何を言っているかわかってる? ほら、周りの人たちをよく見てみなよ。俺が母上が倒れたって言った時より、ずっとびっくりした顔してるよ?」


 しん、と静まり返った部屋の中で、ひとりだけその過ちに気付いていない者がいた。宗主を含め、皆が押し黙り、周芳しゅうほうを見上げている。その眼は、どこまでも冷めており、憐れんでさえいた。


「俺は、この紅が原因で母上が倒れたとは言ったけど、それが毒だとはひと言も言っていない。連想はしたかもしれないけど、そこの義兄上あにうえのように、得体の知れない紅と思った者の方が多かったはず」


 そしてそこに毒という言葉を周芳しゅうほうが言った途端、みんながさらに青ざめたのは言うまでもなかった。


「······もういい。よく解った」


 

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