5-15 欲望



 先の方が少し癖のある、綺麗な黒髪をゆっくりと時間をかけて櫛で梳く。座らせている大事なお人形・・・の髪を整える。あの時見たものと同じように、丁寧に左右のひと房を赤い髪紐と一緒に編み上げ、後ろでひとつに括る。残りの髪の毛は背中に垂らした。


 着替えさせた白い神子装束は、袖の辺りに赤い紐が飾られており、中に着せた赤い上衣が透けて見える。帯は上下に銀の横線が入っていた。


 されるがままになっている、そのお人形・・・の翡翠の瞳は、真っすぐに前を向いているが何も映していないようだった。


 ふたりの後ろにはもう一体、同じ背丈、同じ髪形、同じ格好をした人形が椅子に座らせられている。違うとすればその人形の瞳はなく、真っ暗な空洞がふたつあった。


 心なしか微笑んでいるようにも見える。滑らかな白い肌。真っ赤な口紅。まるで人間のように精巧なその人形は、今にも動き出しそうだった。


「お化粧もして、口紅も塗ってあげましょう。綺麗にして、みんなに見てもらいましょうね。全部終わったら、あの可愛らしい痣も切り取って、お人形に付けてあげる」


 着替えをさせた時に見つけた、腰の辺りにあった五枚の花びらのような薄紅色の痣。蘭明らんめいは痣のあった腰の右側の辺りに触れ、ふふっと笑みを零す。


 人形を完成させる。


 ただそれだけのことで、あのひとの役に立つというのなら。


「あなたが悪いのよ?」


 化粧を施しながら、目元を親指ですっと撫でる。藍歌らんかに会った時から、ずっと気になっていた。あの瞳の色は、どこまでも美しく、誰とも違う色。しかし藍歌らんか金虎きんこの宗主の第二夫人。手は届かない。


 けれども、第四公子は違う。金虎きんこの厄介者で有名だったこの子は、誰にも必要とされていないはずだった。でもあの日、奉納舞を舞った彼は、どこまでも美しく、唯一無二だった。あの場にいた誰もが思ったはずだ。


 そんな子が、なぜか紅鏡こうきょうから外に出された。あのひとの言った通りになった。あの、黒装束の女のような口調の男が、あの夜に言ったその通りに。


「あなたは特別な子。あのひとはあなたを殺すなとは言ったけど、それ以外の事はしてもいいと言ったわ。自分の欲望のままに、」


 完璧な人形を作る。それが、自分の望み。あとは、そう、いらないもの・・・・・・を処分するだけ。全部真っ白にして、あとは自分の思うままに初めから作り直すことで、完璧な存在となる。


 自分を要らないと言った、宗主や妹のように。

 要らないモノは、さっさと捨ててしまおう。


 蘭明らんめいは小首を傾げる。今一瞬だけ、目の前のお人形の口許が動いたような気がした。気のせいかしら?と呟く。


 最後の仕上げで、唇を彩った赤い口紅の余分なあぶら分を取るため、軽く紙でおさえる。すべて完璧に仕上げた。


 そこには見目麗しい人形が座っている。


「さあ、立ちなさい」


 その言葉を聞いて、命令に従うようにゆっくりと立ち上がる。


 蘭明らんめいはその人形に横笛を手渡す。それは元々人形の物で、立派な宝具である。宝具は人間も攻撃できる。ただ、普通はそんな使い方はしない。回復させたり、補助したり、そういう使い方はあるが。


「私たちの邪魔をする敵を、すべて殺しなさい」


 冷たい笑みと声音が、彼女の心の闇を現しているようだった。人形は笛を握り締め、小さく頷いた。


 その人形の本当の実力を知らない少女は、人形の前で自分の宝具を使う。無限香。それは、使った者の力を最大限に発揮させる補助系の宝具。


 これですべての宝具をこの人形に使用した。人間・・蠱惑香こわくこう、無限香、夢幻香の、三つすべて使ったのは初めてだったが、特に問題はないだろう。


 この人形は所詮、特別な瞳を持つだけの、ただの人形だ。

 美しい舞を舞えても。

 儚い笛の音を奏でても。


 結局のところは、ただの痴れ者の第四公子なのだから。



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