6-7 ひとり巡る旅路の途中で
最小限の衣類と小刀などの道具や保存食と、無理矢理持たされた必要以上のお金が入った(一、二年は働かなくても良さそうな)
身なりは白い上衣下裳に黒の帯、
大きめの瞳は深い灰色で、容姿はどちらかといえば少年にしては端正で可愛らしいが、どこまでも無表情なためかなり勿体ない。背は同じ年の男子の中では平均的な高さだった。
黎明だった頃は
泉に映る顔は他人で、これは自分だったと気付くまで間があるのだ。
竹林を抜けるまで低級の妖者の相手を何体かし、上級の妖鬼を倒したおかげか、途中からはちょっかいをかけてくる者もいなくなった。ここから山間部へと入り、その先は
(まずは
こんな短期間では目覚めてはいないだろう。けれども、彼の地でその魂は眠っているはずだ。
数日して、
賑やかな屋台。商家。ゆったりと行き交う舟に視線を向けながら、
霊山の麓。湖水の上に建てられたその邸は幻想的で、いつ見ても美しかった。宗主と公子たちに形式的な挨拶を交わし、数日滞在する旨を伝えると、快く邸のひと部屋を貸してくれた。
通された別邸の部屋で、ひとり、ふと花窓の先に広がる景色が目に入る。渡り廊下の下に広がる湖水は半透明で美しく、漂う睡蓮の花が色を添える。
ここは
あの部屋でなくてよかった。
正直、もしひとりであの部屋にいたら、あの日々を思い出して一層虚しくなりそうだった。だから、この部屋でよかったと安堵する。
荷物を部屋の隅に置き、文机の上に書物を広げる。そこには綺麗に一行ずつ縦に真っすぐ書かれた文字が並んでおり、
もうすぐ、物語は終わる。
「
どうしてあんなことを言ったのか。
ごめんね、の意味が何度あの時のことを思い出してみても解らない。
けれども今更そんなことを、
真っすぐに伸びたままの背は、少しも疲れていないようで、首だけが花窓へと向けられる。
(確か、
いつか、また違う存在になっても、そこに在り続けるように。
あの日を、忘れないように。
翌日、本の森ともいえる蔵書閣に赴き、こっそりとどこかの本棚に紛れ込ませる。もはや数えきれないほどの棚と書物の中、誰かの目に留まることはまずないだろう。
(
幼い頃から一度もそれを破ったことはない。今も、それは変わっていないようだ。
****
葉桜になる前に、あの桜の木を見に行こうと思っていた。
「それでも、いつかまた、君とここで一緒に見上げることができると、俺は、信じてる」
触れたままの指先を滑らせ、花のひと房を撫でる。遠くに見える
一年前に、
どうして
ふと、そんな疑問が頭を過るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます