1-22 竜虎の苦悩


 奉納祭の後、竜虎りゅうこ璃琳りりんたちのようなまだ若い者たちは解放されたが、奉納舞の一件もあって、お詫びの意味で宴が用意された。

 

 姜燈きょうひ夫人が急遽機転を利かせて開いたため、従者たちは今も慌ただしく仕事に追われているようだ。


 奉納舞での無明むみょうの言葉が気がかりだったので、竜虎りゅうこは本邸を離れ、別邸へ向かうことにした。璃琳りりんもついて行きたいといったが、今回は我慢してもらった。


 無明むみょう藍歌らんか夫人が住まう邸の、低い塀の前を通りかかった時、薄青色の衣の青年が中へ入っていく後ろ姿が見えた。


(あれは······白笶びゃくや公子?)


 なぜあのひとがこんな所に? という疑問と、昨夜のこともあって、竜虎りゅうこは少し心配になってこっそりと後を追う。


(そいういえば、あの時も、らしくないことをしていた)


 大勢の前であんな風に発言をする姿を、見たことがない。少なくとも奉納祭のように、他の一族が集まるような場に参加する歳になってから一度として、彼が言葉を発した所を見たことがないのだ。

 

 だから昨夜のことも本当に驚いた。


(俺たちが先に帰った後、なにかあったのか?)


 自分が目を覚まして庭に出た時も、ふたりで何か話していた。

 初対面のはずなのに、あの距離感も気になった。


 ぶんぶんと頭を振って、竜虎りゅうこは巡らせていたものを振り払う。仮面が外され、その顔を初めて見た時、不覚にも言葉を失った。


 そしてあの見事な笛の音と舞が、今も脳裏に焼き付いて離れない。


 けして広くはない邸だが、部屋はいくつかある。しかし白笶びゃくやは辺りを見回すこともなく、迷わずにその一室へと足を向けた。


 竜虎りゅうこは邸の中へは入ったことがなかったので、その様子から、彼がここに来たことがあるのだと確信する。そうなるとあの時の彼の言動にも納得がいく。憶測だが、自分たちが去った後、なにか経緯があって無明むみょうと共にこの邸に来たのだろう。


 無明むみょうの仮面は力を封じるための宝具だった。


 無明むみょうが舞を舞うための策として、白笶びゃくやに協力を頼み、白群びゃくぐんの宗主を巻き込んで、仮面を外すための流れを作らせたのだ。隣の席のの宗主がのってくれたのは幸いだったろう。


(だが、彼がそれをしてやる義理はないはず)


 助けられたのはこちらで、恩があるのもこちらだ。人助けに余念がないのが白群びゃくぐんの信念や家訓だったとしても、だ。


 そしてその意味を、目の当たりにする。


 扉はなく、御簾も上がっているその部屋の中で、竜虎りゅうこは見てはならないものを見てしまったような罪悪感を覚える。


 部屋の中の様子を覗うと、藍歌らんかが寝台で眠っているのが見えた。その横の床で倒れている無明むみょうの頭を膝に乗せ、汚れるのも気にせず袖で唇の紅を拭う白笶びゃくやの姿があった。


 なにか話しかけていたようだが、見ていられず、竜虎りゅうこはたまらなくなって邸から離れた。


(ちょっと待て! なんで俺は逃げてるんだっ!?)


 だいぶ離れた所で、ふと冷静になる。だが耳がとてもじゃないが熱い。顔も真っ赤になっているだろう。頭を抱えて、その場にしゃがみ込む。


(あの距離感はなんなんだっ!?)


 自分たちがじゃれ合って肩に手を回したり、頭を撫でたり頬をつねったりするような距離感とはまた違う。言葉で表したら、恥ずかしくなるような、そんな、なにか。


 真っ赤になったかと思えば、真っ青になって、竜虎りゅうこは地面に向かってひとりで百面相をしていた。


(見なかったことにしよう。俺は何も見ていない。見なかった)


 言い聞かせるようにして、ぶつぶつなにか呟きながら、本邸へと足を向ける。この件は自分の胸にしまっておこう、と心に決める竜虎りゅうこであった。



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