第六章 槐夢

6-1 閉じた幕の裏で



 上天じょうてんは落胆していた。なんてつまらない幕引きか。もっと憎み合い、恨み合い、どろどろの感情で喚き、泣き叫ぶ姿が見たかったのに。


 人間というモノは本当に理解しがたい生き物だと、大きく嘆息する。


 さっさと姮娥こうがの邸から移動し、今は都のとある商家の邸にいた。


「にしても、だよ。なんで邪魔するかな、」


 きょうもまた、その正面で肩を竦める。


「最初から、決まっていたのよ。あれがうちの謀主ぼうしゅの望んだ結末だったんでしょ」


 眠らせて意識を昏倒させた時に、少女に仕込むように言われた糸。

 まさかあの糸にそんな役目があるなど知らなかった。上天じょうてんは口元を歪める。


 本当に、彼は人だろうか。自分たちならまだしも、仮にも人の身で、こんな無情なことを考えつくなど。


 足元でパシャっと水溜まりでも踏んだような音が響く。邸の中でそんな音がするはずはなかった。だが、今、この光景を見ている者がいたら納得するだろう。


 鉄の臭いが充満する中、閉じられた部屋の真ん中でふたり、言葉を交わす。


「こんなもんでいいでしょう。これで後始末はすべて完了ね」


 上天じょうてんきょうに合図を送る。手首を三回ほど左右に振って、こびり付いたモノを掃う。灯りはひとつもない。物音もふたつだけ。


 ふたりの足元に広がる数体の人だったモノは、もはや音を立てることすらできない状態だった。


 原型を留めていないそれは、血と肉の塊と化していた。この邸で十軒目。最後の仕事を終えたふたりは、さっさと邸を後にする。


「血も涙もないとは、まさにこの事だね」


 くっくっと笑ってきょうは言った。


「歪んだ優しさの間違いでしょう? 彼女が殺した十人の少女たちの親を殺して、その罪の在り処を曖昧にした。親がいなくなれば、他人の子供の行方などそのうち忘れ去られる。疫病も消え、姮娥こうがの一族も余計なことに手を煩わせることもなくなるわけね」


「これだけやれば、人の仕業とは到底思わないだろうしな」


 実際そうなわけだが。


「次の指示はもうきている。私たちは晦冥かいめいに一旦戻るわよ」


 上天じょうてんは、つまらなそうに闇夜に浮かぶ白い光の陣を仰ぐ。もう少し楽しめると思ったが、あの少女も結局ヒト以上にはなれなかった。


 ふたりの姿はそのまま闇の帳の中へと消えた。


 夜明けまでにはまだ少し早いその空は、薄墨色にまれたまま。

 浮かんだ青白い半月と白い光の陣が、ぼんやりと人々の行く末を見下ろしていた。



 その夜、玉兎ぎょくとに齎されたのは、四神白虎の恩恵と、血生臭い惨劇。

 深い悲しみと、絶望と、ほんの少しの光。


 そして真実は伏せられたまま、幕は静かに降ろされた――――――。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る