6-12 ふたりを結ぶもの



 花窓から齎される朝の穏やかな陽射しの中で、瞼が開かれる。


 どれくらい眠っていたのだろう。身体はもう十分霊力を取り戻しており、無意識に翳した左手も傷ひとつなかった。珍しくぼんやりとする頭は、きっとあまりにも眠りすぎたせいだろう。身体を起こすのにも時間がかかりそうだ。


 夢を見ていた。

 とても、永い夢を。


 その中でも、最後に見た夢の感覚が、ぬくもりが忘れられない。そう、今も変わらずに、とてもあたたか、い?


「··········ん、」


 白笶びゃくやは耳元で聞こえた、その艶っぽい声に耳を疑う。視線を向けた先、そのすぐ右横に、幸せそうな顔で眠る者がいた。


(······これも夢だろう)


 そう思いつつも瞼を閉じることはせず、じっと無表情のまま横で眠る者を見つめていた。


 麗寧れいねい夫人が彼のために用意させた上等な黒い衣を纏ったまま、白笶びゃくやの腕にしがみ付いて眠っているのは、間違いなく無明むみょうであった。


 ふと、白笶びゃくやは自分の右の手首に違和感を感じ、目の前に翳した。その手首に巻かれた見覚えのある赤い紐に、眉を顰める。繋がっている先を視線で追うと、無明むみょうの左手首に辿り着いた。


 ほどけないように、しっかりと手首に結び付けられているそれは、無明むみょうがいつも髪の毛を括っている、赤い髪紐だった。


 正面を向いていた身体を右側で眠る無明むみょうの方へと向けると、きつく結ばれた髪紐を器用にほどき、そこに残ってしまった赤紫色の痕をそっと撫でる。


 この赤い紐が、夢と夢を結びつけたのだろうか?


 左手で生白い頬にそっと触れ、ゆっくりと親指で唇を撫でる。どこまでも穏やかな寝顔に、自然と口元が緩むのを感じた。


 あの雨の日のことを思い出す。


 こんな風になるのは、きっと、君にだけ。

 この気持ちは、君にだけ。


 何度も、何度も、確かめるように口付けをした、あの日。


 雨の音にかき消された声音も、自分だけのもの。


「いつだって、君の存在が、私を救い上げてくれる。だから、生きていける」


 無明むみょうはの声は心地の良い調べのようで、ずっと聞いていたくなる。


 絡められた指を、名残惜しいが腕から離して寝台を下りた。それから、自分の右手に結ばれた紐を解いていく。残った痛みの余韻と痕に心地好ささえ感じた。


 白笶びゃくやは髪紐を手に取ると、無明むみょうの髪の毛の右のひと房だけ括って蝶結びをした。


 寝台の横に置いてある、綺麗に畳まれている新しい衣に手を伸ばすと、今着ている白い衣を脱ぎ、新しい白色の裾の長い衣に袖を通す。藍色の帯を締め、白い衣の上に薄青の衣を纏った。最後に腰まである長い黒髪を藍色の髪紐で高い位置で結ぶと、いつも通りの凛とした姿が戻る。


 その後ろで寝返りを打っている無明むみょうに気付き、ずれた布団をかけ直すために寝台の方へ身体を向けた、その時だった。先程までは気にも留めていなかったが、寝台の隅に小さな丸い鏡が置かれていることに気付く。


(確か、無明むみょうと兄上が実験がどうのこうのと言っていた鏡?)


 特に何も考えずに手に取ったその瞬間、手の中の丸い鏡が青白い光を湛えた。その光と共に鏡に映ったのは、自分の良く知る顔だった。


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