6-13 兄弟



「やあ、白笶びゃくや! 大怪我をして何日も眠っているって聞いていたから、心配していたんだ。体調はどうだい? 怪我は平気?」


「······兄上? これは、なんですか、」


 白冰はくひょうの問いかけには答えず、白笶びゃくやは落ち着いた声音で訊ねる。


「これはだねぇ、私と無明むみょうの知恵と発想で生まれた通霊鏡つうれいきょうだよ、」


「兄上、もしかして無明むみょうにまたおかしなことを教えませんでしたか?」


「なんのことかな?」


「いえ······忘れてください」


 白笶びゃくやはなんとなく察して、それ以上問うのを止める。しかし、白冰はくひょうは何とも言えない顔でこちらを見つめてくる。


「うん、その、伝えるべきかどうか迷う所なんだが、知っておいた方が良いだろうから伝えるよ」


 急に真剣な顔になって、白冰はくひょうが話を続けるので、重要な事だろうと思い白笶びゃくやは耳を傾ける。


「君の、神子みこと話をした。彼は、君ならいなくなった無明むみょうを見つけられる。連れ戻せる。そう言って、私に良い方法がないかと訊ねて来たんだ」


「どいういう、ことですか?」


 握りしめる鏡に力が入る。何を言っているのか。誰の事を言っているのか。


無明むみょうから通霊が入ったと思ったら、なんだか雰囲気が違っていて。訊ねたら、自分は無明むみょうではないと言ったので、驚いたよ」


 誰か、ははっきりとは言わなかったが、話を聞いて白冰はくひょうはなんとなく事情を把握した。


「憶測でしかないが、宝具である夢幻香が、なんらかの作用で神子みこの魂の記憶を読み取って見せた幻が、強い霊力に触れたことで、一時的に具現化されたんじゃないかと思うんだが······私と話をしたそのひとは、確かに無明むみょうの顔をした別人だった」


 白笶びゃくやは顔を歪ませて、唇を噛み締める。複雑な感情が胸の中を駆け巡っていた。間違いなく、いたのだ。ここに。無明むみょうの中に。そんなことにも気付けずに、ただ眠っていたことを悔やむ。


「夢を共有する術があるのを思い出して、それを教えた。難しい術だが、そんなことは神子みこにしてみたら大した問題じゃない。君が目覚めたのなら、夢の中で無明むみょうと逢えたってことかな」


「彼は、神子みこはなにか、言ってましたか?」


 俯いたまま、白笶びゃくやは呟くように訊ねる。


「君の幸せを、ただ祈るばかり、と」


 また、そうやって。ひとのことばかり。


「兄上、」


 なんだい? と白冰はくひょうは優しい声音で問い返す。


「必ず、無明むみょうを守り抜きます。なにがあっても、です。そのためにも、あなたの力を貸して欲しい」


 鏡越しに頭を下げて、白笶びゃくやは言った。正直、白冰はくひょうは最初からそのつもりで動いているのだが、どうやら白笶びゃくやとは認識のズレがあったようだ。


「なにを水くさい。私は君の兄なんだから、当然だろう?」


 言って、白冰はくひょうは困ったように笑うのだった。



****



 その半刻はんとき前。


 竜虎りゅうこは数日前、別れ際に朎明りょうめいが教えてくれたあることを思い出していた。


「こんな時にあれなんだが、実は奉納祭で紅鏡こうきょうに赴く前、金虎きんこ白獅子しろじし様がこの地を訪れたんだ」


「伯父上が!?」


「ああ、姮娥こうがの邸に挨拶だけしに来たようで、近くを通ったから立ち寄っただけとのことだったが、母上が行き先を訊ねたら、光焔こうえんの宗主に用があるのだとか、」


 つまり、光焔こうえんの地に、あの白獅子しろじしがいるのだ。


 竜虎りゅうこは目を輝かせて、朎明りょうめいに礼を言う。その反応は予想していなかったのか、朎明りょうめいは首を傾げていた。


 通り名である白獅子しろじしの異名を持つ、現宗主の兄。名を、虎斗こと竜虎りゅうこにとって伯父なのだが、放浪癖があり、各地を転々としているひとで、二年に一度、いや、三年に一度その姿を見れたら奇跡だろう。


 の宗主と言えば、あの奉納祭の時に面白がって騒ぎを煽っていた人物だ。一体、伯父はあのの宗主に何の用があるというのだろうか。


竜虎りゅうこ様? 入らないんです?」


 そんなことを思い出しながら、白笶びゃくやの部屋の前で立ち尽くしていた竜虎りゅうこは、後ろからかけられた声で我に返る。


「なんだ、清婉せいえんか。食事? お前が作ったのか?」


「はい、無明むみょう様に昨日の昼に頼まれたんですが、扉越しにやっぱり朝にもう一度持って来てと言われて、」


 粥を中心にした薬膳料理だったので、とりあえずあたため直せば良いと思い、清婉せいえんは心配しつつも無明むみょうに従ったのだ。


「そうか。それなら無理にでも食べてもらわないと困るな」


 つまりは、昼も夜も食べていないということになる。竜虎りゅうこは嘆息し、扉に手をかける。入るぞーとひと言だけ声をかけて、遠慮なしに開けた······が、すぐに勢いよく大きな音を立てて閉じた!


「え? どうしたんです?」


「どどどど、どうも、してない! と、とにかく、一旦、戻るぞっ」


「ええっ!? 駄目ですよ! せめて食事を届けさせてください!」


 清婉せいえん竜虎りゅうこの様子が変なのは重々承知だったが、ここは譲れないと扉に手をかけようとする。しかし、竜虎りゅうこはその腕をがっしりと掴み、引き留める。お盆の上の皿たちがカシャカシャとぶつかり合って音を鳴らす。


 いや、それは別に後でいいだろう! と小声で怒鳴ってくる竜虎りゅうこに負けじと、清婉せいえんはお盆を死守しながらも扉の方へ向かおうとする。


(あんな姿、他の誰かに見せられるかっ!!)


 狭い寝台の上でふたり、それぞれ手首を赤い紐で繋ぎ、寄り添って眠っている姿を見てしまった竜虎りゅうこは、なんとしても部屋に入るのを阻止すべく、清婉せいえんをどうにか説得する。


「もう、なんなんですか!? 解りましたから! は・な・し・て・く・だ・さ・いっ」


 清婉せいえんは半分押し切られるように竜虎りゅうこに従う。そのまま竜虎りゅうこはずかずかと大袈裟に音を立てて、清婉せいえんを連れて逃げるようにその部屋から遠ざかっていく。


(この、······恥知らず!!)


 そう思いながらも、花窓から射し込んだ陽だまりの中、幸せそうに眠っているふたりのその姿を見て、美しいと思ってしまった自分自身に動揺するのだった。



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