3-27 奮闘



 竜虎りゅうこはここに赴く前、白冰はくひょうに頼まれていたことがあった。


「この謀は、間違いなく烏哭うこくの仕業だろう。都合がいいと言われたらそれまでだけど、君の力が必要だ。無数の傀儡かいらいを操るには必ず陣を用いる。私が媒介の大まかな位置を、妖者たちの行動から推測して割り出す。君には合図と共に動いて欲しい」


 金虎きんこの直系の力が役に立つなら、ここにいる意味もある。


白笶びゃくやと君の義弟は宝玉の方へ行ってもらっている。あちらはあちらで頑張ってもらっているけど、心配はいらない」


 あのふたりの心配など無用だろう。


(俺などいなくとも、あいつは、)


 ふと、弱気な感情が芽生えて、ぶんぶんと首を振る。違う。そうじゃない。


竜虎りゅうこ殿、聞こえるかい?』


 そんなことを考えている内に、頭の中で白冰はくひょうの声が響く。慌てて竜虎りゅうこは我に返り、は、はい! と大きく返事をした。


『ふふ。良い返事だね。解ったよ、陣の位置が』


「どこですかっ!?」


 慌てないで、と白冰はくひょうは落ち着いた声音で囁く。まるで耳元で囁かれているかのように聞こえるその声は、竜虎りゅうこを落ち着かせるには十分だった。


雪鈴せつれい雪陽せつよう、君たちも一緒に行って欲しい。竜虎りゅうこ殿をしっかり援護するんだよ、』


 この辺りの妖者の気配は消えていた。絶えず上からは浄化の雨、森や平地には道を惑わす霧、地面には雪の陣が張り巡らされていて、隙が無い。この陣地には別のせつ家の者を寄こすそうだ。


 三人は白冰はくひょうの言う、陣のあるだろう場所へと全力で駆け抜ける。


『皮肉にも、渓谷の東側、その陣は必ずそこにある。ただ、気を付けて。陣があるということは、近くに奴らがいる可能性も高い。私もすぐに向かう』


 太陽が頭を出す場所。渓谷の東側。

 太陽が昇るまで、あと、半刻はんときほど。


 碧水へきすいの地に響く、無数の妖者たちの声。


 まるであの村の時のように、見えない敵と戦っているようだった。



****



 森の中で足止めされている妖者たちの横をすり抜けて、三人はなんとか渓谷へと辿り着いた。


 薄っすらと空に色が浮かび始めていたが、まだ太陽が姿を見せるまでには時間がかかりそうだ。


「あの赤い陣、晦冥かいめいの地で見たのと同じ、六角形の陣!」


 赤い光を帯びた広範囲の陣からは、どんどん殭屍きょうしや妖鬼が出てくる。


雪鈴せつれい、あそこ、渓谷の崖の、」


 いつもは抑揚のない雪陽せつようの声が、少しだけ緊張しているようだった。その指し示す先を、雪鈴せつれい竜虎りゅうこが見上げる。

 

 渓谷の崖の少し岩が出ている部分に、三つの人影が見えた。黒い衣を頭から纏い、まるで来るのを待っていたかのように、その場に立ち尽くしていた。


「こちらから何かする必要はないでしょう。もし邪魔をするつもりなら、対応するまで」


「俺もそう思う。そもそも、今回のこの奇襲は、なにか違和感がある」


 竜虎りゅうこはその違和感が何かは解らなかったが、確かにおかしいことだらけだった。


「都を狙うつもりなら、白鳴はくめい村の時みたいに、妖獣を使えば確実なのに、なぜか妖者を使って襲ってきた。しかも、夜明け前に、だ」


 妖鬼はともかく、殭屍きょうしは太陽の下ではほとんど無力だ。奴らが襲ってきたのは、つい一刻いっとき前なのだ。

 そんな短時間で白群びゃくぐんの一族をなんとかできるとは、思っていないだろう。


「あいつらの目的なんて今はどうでもいい!雪鈴せつれい雪陽せつよう、援護を頼む」


「わかった」


「わかりました」


 三人は同時に頷く。雪鈴せつれいは陣から出てくる妖者を次々に切り倒していき、雪陽せつよう竜虎りゅうこが陣の媒介を無効化している間、符を使って周りに小規模の結界を張る。


 ひとつ、ふたつ、みっつ、そして、最後の媒介の許に辿り着いた竜虎りゅうこの前に、ふいと黒い影が舞い降りる。


「危ない!」


 雪陽せつよう竜虎りゅうこの腕を掴み、間一髪でその者の刃から逃れる。容赦なく振り落とされた刃の先が、大きな音を立てて地面にめり込んだ。


 それは竜虎りゅうこがつい先ほどまでいた場所を陥没させたまま、時間が止まっているかのように静止している。


「なんて馬鹿力っ」


「ひどいなぁ。これでも手を抜いてやってるっていうのに」


 地面にめり込んでいるのは、斧の先。黒い衣を頭から被っている背の高い大木のような男は、その力に見合う体格との太い声で、三人を見下ろすように立っていた。


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