1-11 白群の第二公子
「や、······やった、か?」
ぜぇぜぇと肩で息をしながら、頬を流れる汗を拭って
静寂を取り戻したのを確認し、ようやくほっと息を付いたその時。陥没したままのその大地から、ぼこぼこと連続して、土が盛り上がるような奇妙な音が鳴り響いた。
次々に現れる無数の手は、まるで地面いっぱいに咲いた曼珠沙華のように、赤い月に向かって蠢きながらどんどん伸びていく。
その数は、もはや数えきれない。
「嘘だろ······あれが地面から全部出てきたら、俺たちだけでは本当にどうにもならないぞ!」
全身から力が抜けてしまったのか、がくんと膝から崩れ落ちる。
そんな
「まるで、無理やりなにかに呼び起されているみたいだ、」
這い出てこようとしている
(なにか、原因となるものがあるはず、)
あの荒々しい音色とは真逆の、柔らかい優しい音色が奏でられると、ふわりと
高い位置から見下ろし、笛を吹き続けながら眼を凝らす。笛の音に合わせてぼんやりと、赤い文字で描かれた広範囲の陣が、赤黒い光を湛えて薄っすらと浮かび上がったのだ。
(こんな陣、見たことがない。陰の気が強くて禍々しい······これって、強い陰を招く陣なんじゃ····)
この陣が下にある限り、この地に眠る死体が無限に湧いて出てくる。これでは助けを待つどころか、霊力が尽きて終わりだ。
「真下に大きな陣がある! これを破らないと、いつまでも湧いて出てくるよっ」
声の方を見上げ、
冷静にならないと。
ここで自分たちがやられれば、この先にある都が
「わかっている! 陣があるが術士がいないということは、どこかに媒介があるはず。それを無効化できれば、勝機はあるってことだろ!」
笛を奏でながら、その声に
(そのためには、この陣の形を把握しないと、)
宙に浮き続けるのはかなりの霊力が必要だった。今の状態ではあまり長くは持たないだろう。
奴らを押さえつけながら媒介を探す。今の自分には容易なことではなかった。
眼を閉じ、あの荒々しい音色を再び奏でる。土から這い出てこようとしている
その強さに大地が震え、地震でも起こっているかのように地響きが鳴る。
(これは······六角形の陣?)
先ほどよりも、さらにくっきりと浮かび上がった赤い陣は六角形で、それぞれ線が重なる場所に、黒い霧がかった部分が見えた。
(陣が下からもはっきり見える······よしっ)
まずは近い場所から取り掛かる。霊剣をしまい、右手で印を結び、素早く片膝を付いて、地面に強く両手を付く。
途端に、赤い陣に纏わりつく黒い霧が、白い光に包まれてすぅっと消えていった。
「よし、あと五つ!」
片手を付いて反動をつけ、勢いよく立ち上がる。上で鳴り響く笛と、下で蠢く
あと四つ、三つ、二つ、と次々に媒体を無効化していく
はっと見上げたその時、赤い月がまず眼に入った。その次に、大きな月に照らされ、ぐらりとその華奢な身体が力なく傾ぐ姿が見えた。
黒い衣は月のせいか赤黒く染まっており、傾いだ身体が頭を下して、ゆっくりと無数の
まずい! と、考えるより先に、再び自由を取り戻した
白い光を湛えた大きな陣が闇夜に咲き、この辺り一帯を照らすように展開された。
その瞬間、活発に動き出していた
降り注ぐ光は神々しく、まるで天女でも降りてきそうな光景だった。
突然の出来事に呆然として立ち尽くす
「
辺りを見回し、はっと何かを見つける。丁度、陣を挟んで反対側。崩れていく
「
大声で叫ぶ。あの人影がそうに違いないと確信する。しかし、眼が慣れてその姿が現れた時、
そこには、薄い青色の衣を纏った青年に大事に抱きかかえられた、
その薄青の衣が意味するのは、
そして
(········
腰まである長い髪を、藍色の髪紐で高い位置で結んでいる背の高い細身の青年が、ゆっくりとこちらをふり向いた。
興味がないとでもいうように、
上空に展開されている白い陣は、今もなお
「
声の届く場所まで駆け寄って、簡潔に話す。非常事態なので言いながら軽く拱手礼の仕草を見せ、相手は手が塞がっているため、代わりに会釈で快諾の意を表す。
「········かまわない」
低い声が返ってくる。眉目秀麗な青年は、口数が少なく、あまり交流はなかったが、顔見知りではあった。毎年この時期にだけ、この地に訪れる。
まさかこんな所で出くわすとは、夢にも思わなかったが。
同時に宙に展開されていた白い陣が、地面にどんどん近づいてきて、しまいにはすべてを地面に押し戻し、役目を終えたとばかりに消えてしまった。
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