十六.起死回生の切り札は
「はい?」
立ち上がって宣言する桃子に対して、つばきは全ての緊張を忘れて「何言ってんだこいつ?」という顔をしている。
「枕返しがなんなんですか」
「以前紡さんが言ってた話、覚えてませんか?」
「話……」
桃子は拳を強く握り締める。
「『元々夢の世界は違う世界、並行世界で、夢を見るというのは魂が身体から離れて、その世界へ行くこととされていたんだよ。だから枕返しが枕をひっくり返すのは、単なる悪戯以上に「身体と魂を切り離して戻って来られなくする’’呪’’」と見る向きもあったんだ』ってやつです!」
「あぁー、ありましたね」
「『だから枕返しに枕を返されるのは、異世界に飛ばされるということなんだ』と」
「ふむ、待って下さい?」
つばきは顎に手を当て、少し顔を下げて考える。
「つまり、桃子さんは異世界や並行世界に飛ぼうと考えてらっしゃる?」
「えぇ!」
「なんの為に……。あ! もしかして!?」
「そうです!」
桃子はつばきの両肩を力強く掴んだ。
「私達に無理なら、別世界の紡さんの力を借りるんです!」
つばきは一旦腰を下ろす。また顎に手を当て顔を俯ける。桃子も合わせて腰を下ろす。
「確かに、異世界と違って並行世界は人生の選択肢などで分岐していく、『枝分かれ』という説もあります。それに従えば、並行世界の紡さんも同格レベルの陰陽師である可能性は高いですし、そもそも異世界であろうと、『自分』という同一人物は性格を始めとして傾向が似ている、同一の『魂』をしていると考えられてもいます。であれば確かに、別の世界の紡さんも、この状況を解決出来る程の力があると考えていいでしょう」
つばきは顔を上げる。
「その助けを求める為に別世界へ渡りたい、その手段として枕返しを使う、ということですか」
「その通りです!」
「しかし……」
つばきはまた視線を下げて、膝元のスカートの生地をギュッと握る。今度は思案ではない。
「枕返しなんて一体どうやって……」
「百鬼夜行の箱ですよ!」
桃子は待ってましたとばかりに身を乗り出す。つばきはそれに合わせて後ろに手をついて引きながら、目をまん丸にしている。
「まさか、あの中に入ってる枕返しを使うつもりですか!?」
「それしかないでしょう!」
桃子は強引につばきの手を取り、お互いの顔の前に持って来た。
「つばきちゃんは霊能力があります。なんとかあの箱から、枕返しを狙って取り出せませんか?」
「それは、えっと……」
つばきは少し返事に困るように目を泳がせたが、すぐに桃子に真っ直ぐ視線を合わせた。
「はい。やり遂げます」
「ありがとうございます。そしたら私はその枕返しで違う世界へ渡って、その世界の紡さんに話をつけます。その間につばきちゃんは、枕返しをまた箱に戻しておいて下さい」
「分かりました。その代わり、もし向こうの紡さんにも次元を渡る力があったら、私も迎えに来て下さい。桃子さん一人に知らない世界で頑張らせるわけにはいきません!」
「はい……、はい!」
つばきの手にも、それを握る桃子の手にも力が入る。そして何より、二人は目に力がある。
桃子がつばきに呼び出されたのは、それから数日後のことであった。やはり枕返しだけを引っ張り出すのは困難を極めたらしく、二人でプランを固めたあの後すぐ、とはいかなかった。
幸いだったのはその間紡の身体が、食事も水も摂らないのに痩せたり弱ったりしなかったことである。
『玄関へ迎えには出ませんので、紡さんの寝室まで来て下さい』
そんな連絡を受け取った桃子が、言われた通りにやって来ると、
「……なんですかそれは?」
「仕方無いんですよ」
今日から夏期講習が再開したその帰りに直接来たのだろう、黒いセーラー服で正座しているつばきと、
「……」
いかにも機嫌が悪い様子で腕組み
枕返しである。
「逃げちゃったら困りますからね。ちょうどいいのが物置きにあって助かりました」
つばきは枕返しが繋がれたリードを軽く引っ張る。枕返しの方が特に抵抗したり暴れたりしないのは首輪の力か。彼(?)は依然、むっつりと腕を組んだままである。
「……」
「なんか、ご愁傷様です」
「……」
そんな微妙な空気を完全に無視して、つばきは相変わらず布団に寝かされた紡の隣に座る。その反対側には無人の布団がもう一組。つばきはそちらに目線を向ける。
「桃子さん。もう準備は出来ています。けど……」
つばきが伏し目がちに桃子の方を見ると、代わりに口を開いたのは繋がれた鬼、枕返しだった。
「確かに俺の力で他所の世界に飛ばすことは出来る。だが、狙った世界に飛ばすことは出来ないし、向こう側から連れ戻すのも俺の力の範疇外だ」
枕返しは少しだけ眉を顰める。
「本当にいいんだな?」
桃子は誰より自分自身に言い含めるように、大きく頷いた。
「ええ、それしかありませんから。そんな繋がれてる上に協力させられるのに、心配して下さってありがとうございます」
それを聞いた枕返しは、やれやれと言うように肩を竦めて溜め息を吐いた。しかしつばきの方は、悲壮な覚悟に対する不安が拭えないようだ。鼻先が触れそうな程顔を覗き込み、リードを握っていない方の手で桃子の頬に触れる。
「本当に大丈夫ですか?」
桃子はその手を握り返すと、優しくそっと離させる。
「大丈夫ですよ。夜中になったら決行しましょう。他所の私も寝静まった頃に」
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