六.紡、ドアノブの怪異暴きたること
真夜中、香月家の部屋の前。桃子がキャンプ用の椅子を並べる横で、つばきがスマホで時間を見ている。
「もうすぐ二時ですね」
ちなみに紡はと言うと、まだ車内でぐっすり眠っている。桃子は一度起こそうかと思ったが、
「紡さんは寝起き弱いですか?」
「殺されたくなければ、じっくり待つことですね」
「えぇ……怖……」
やめておいた。
「いやーしかし、怖いなー……。もうアレ見たくないなー……」
「あは。今まで散々祟り神とか見てるのに、ウブなこと仰るんですね」
「ウブって……」
桃子が椅子を人数分立てると、つばきは早速腰を下ろした。
「そんな堂々と……。もっと隠れなくていいんですか?」
つばきは座り心地を確かめるように、軽く何度か座り直す。
「問題無いと思いますよ? ああいう『同じパターンを繰り返す幽霊』っていうのは、言ってしまえばプログラミングされたロボットみたいなもので、基本的には生前の執着になるような行動を繰り返すんです。何せそれが果たせなくて成仏出来てないんですからね」
「なんだか少し切ない感じですね」
「あは。優しいですね。それはさておき、そういう存在なので基本的に、その行動に関わるもの以外はノー眼中です。なんなら目の前に立ったって路傍の石です。だから私達が隠れなくたって、向こうが引っ込むようなことは無いと思いますよ?」
「なるほどぉ」
桃子が分かったような分かっていないような顔で頷くと、タンタンタンタン、と階段を登って来る音がする。
「お! 来ましたか?」
「いえ、足音がコルクっぽいので紡さんですね」
「あの人、この真冬にサンダル履いてるんですか?」
いつだったか、気温が一桁以下ならサンダル以外を履くみたいなことを言っていたような気がしたが、気にしても仕方無い。果たして現れたのはやはり紡だった。
「どう? もう来た?」
「まだですよ」
「帰って寝ていい?」
「いいわけ無いでしょ」
真夜中に不毛な会話を繰り広げていると、急に紡とつばきがピタッと動きを止めた。
「あの……」
そして桃子が何か言う前に、つばきは立ち上がって、紡はぐるりと振り返って階段の方を見た。ようやく桃子も一歩遅れて、何が起きているのか理解した。
コツ、コツ、コツ、コツ……
階段を登って来る足音がする。ゆっくりと、しかし一歩一歩確実に。そして、
カツン、
足音を発する位置が、確実に変わった。階段の辺りから、廊下の床へ。
「あ、あ、あ……」
桃子は震え声で、思わず横にいるつばきを抱き寄せる。桃子が怯えるのは無理も無い。
何故ならその足音、本体がいないのだから。
その足音はコツコツと廊下を進んで紡の横を通り過ぎると、玄関の前で止まった。思わず桃子が身構えると、
ガチャガチャガチャガチャ!
またドアノブが独りでに激しく動く。翔子とひなげしのか弱い悲鳴がそのドア越しに聞こえる。それと連動するように桃子も震え上がった。
「づむぐざん!!」
「何?」
「何じゃないでしょう! 一体何が起きてるのか説明して下さい!」
「幽霊がいるね」
「やっぱりぃぃぃ〜!!」
『嫌ぁぁ!!』
『早くなんとかして!!』
母娘の悲鳴も聞こえる。紡は桃子が内股で膝をガクガク言わせているのと、ドアノブがガチャガチャ動くのを交互に見てニヤリと笑うと、
「幽霊見たい?」
「結構です!」
「まぁそう言わずに」
桃子の掌に人差し指で何かを書く。すると桃子の視界には、
ドアノブをガチャガチャする、無地のTシャツにジーパン、チェスターコートでショートヘアーの女性。
「ひええ、え……?」
「どうかしましたか?」
「いえ、なんか、案外普通と言うか、よくある黒髪ロングでロングワンピースとかの、ヤバそうなのをイメージしてたので」
「向こうだって生前は普通の人間、無闇矢鱈に関わるもんじゃないけど、無闇矢鱈と恐れる必要も無いんだよ」
「はえー……」
紡はそれを象徴するかのようにドアガチャ女幽霊の肩をポンと叩いた。幽霊もドアガチャをやめてそちらへ振り返る。つばきも自分を抱き締めている桃子が落ち着いてきたのを確認して、彼女を椅子に座らせ幽霊の元へ向かった。
「な、何を気さくにしてるんですか……」
桃子のまだ少し震える声も気にせず、紡は何やら幽霊に話し掛けているようだ。それに合わせて幽霊も緩慢な動きで頷いている。紡もそれに頷き返すと、不意に桃子の方を向いた。
「桃子ちゃん」
「はいっ!」
「この家の合鍵持ってる?」
「は? いえ、持ってませんけど」
「そう」
紡は素っ気無く返すと、つばきと見つめ合ってお互い頷く。そしてつばきがドアに手を突き紡が何やら唱えると、
「えいっ」
つばきの手がドアに沈み込んで行く。
「な、何してるんですか?」
「覚えてない? 前に熊代さんところでもやったじゃん」
「そうじゃなくてですね!」
桃子が言うが早いか、
「行きますよ?」
カチャン、とつばきが家の鍵を内側から開ける音がした。
「なんとおおおおおをおお!?」
『きゃああああああ!!』
『お母さぁぁぁぁん!!』
桃子と母娘の絶叫が響き渡り、
「うるせぇ!!」
「すいませっ!」
小窓を開けて顔を覗かせたお隣さんに怒られたがそれどころではない。
『嫌っ、嫌あああああ!!』
『助けてっ! 嫌あああ!!』
なおも半狂乱の母娘の声が響く中、女幽霊がゆっくりと動いた。ドアノブに手を掛ける。
「あぁっ! ちょっちょっ! 紡さん!」
「しーっ、静かに」
紡が人差し指を立て、息だけで話す。
「静かにじゃありませんよ! 幽霊が家に入ろうとしてますよ!?」
桃子が言い終わらない内に、幽霊は玄関を大きく開けている。
「あぁーっ!」
「あ、香月さんチェーン掛けてない。掛けろって行ったのに」
「あは。そうみたいですね」
「何を呑気なこと言ってるんですか!」
桃子が叫んでいる間に、幽霊は家の中に入ってしまった。
「もうお終いだぁ! 香月さん達が取り殺されちゃう!」
桃子が頭を抱えて膝を突くと、
「うん。終わったね」
紡が淡々と呟く。桃子は思わず立ち上がって紡に詰め寄った。
「何余裕ぶっこいてるんですか! 入れたの紡さんじゃないですか! 終わったぁ!」
「うん、だから終わったんだって」
「は?」
対する紡はあくまでも冷静だ。分かってない桃子の手を、つばきがちょいちょいと引いた。
「家の中見て下さい」
「はいぃ?」
桃子が促されるままに室内を見ると、さっきまでそこをゆっっっくり歩いていた幽霊がいない。
「あれっ? あの女は?」
桃子が間抜けな声を上げると、紡は腰に手を当てて呆れたように息を吐いた。
「成仏したよ。さっきから『終わった』って言ってんじゃん」
「なんと!?」
いつの間にか、母娘の悲鳴も収まっている。
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