七.幽霊の真実?

 幽霊も無事成仏したので桃子が撤収の為に椅子を片付けていると、紡は何食わぬ顔で香月家に侵入した。


「ちょっ、何してるんですか」


桃子が声を掛けると、紡はるようにして顔だけ出した。


「何って、幽霊がドアガチャしてたら鍵が開いたんだよ? アフターケアしないと」

「開けたのは紡さんでしょう……」






 椅子は畳んで一旦土間に置いておき、一行は母娘の寝室に向かう。部屋のドアに手を掛けると


『ひっ!』


と引き攣った声と啜り泣く音がする。


「可哀想に、すっかり怯えてますよ?」

「しょうがないなぁ」


とか平然と話している紡とつばきを見て、桃子は改めてプロは認識バグっていると結論付けた。


「香月さーん。大丈夫ですよー。私でーす。陽でーす」

『……や、陽さん……?』

「入ってよろしいですか?」

『ど、どうぞ……』

「あは。家にはもう勝手に上がってるんですけどね」

「Ha-ha!」


こんな時に笑いどころが分からないジョークを口にするのは、プロの余裕か人間性の問題か? 桃子が悩んでいる内に紡はドアを開けて母娘の部屋に入った。二人は可哀想に、起き上がって抱き合い震えている。


「あ、あの、鍵が開いて……」


翔子が声を絞り出す。ひなげしはもう、母の胸に顔を埋めて啜り泣くので精一杯な様子。


「あぁ、それはお気になさらず。私がやったことです」

「えぇ!?」

「あの幽霊を成仏させるには必要なことだったので。別に何もされなかったでしょう? 部屋のドアも閉まってましたし」

「そ、それはまぁ……」


そこで桃子はある疑問を思い出す。


「あ! そうですよ紡さん! どうして家に入れたら幽霊が成仏するんですか!?」


紡は少し長くなると思ったのか、勝手に床へ腰を下ろした。


「それが彼女の未練だったから」

「はぁ?」


桃子も隣に腰を下ろすと、ちょうど二人の間の一歩後ろ辺りにつばきも座る。


「あぁいう同じ行動を繰り返す幽霊はね」

「生前の執着になるような行動を繰り返すんですよね? つばきちゃんから聞きました」

「じゃあもう分かるでしょ。あの女性は『この家に帰って来る』ことが心残りだったんだよ。話を聞いたら以前この部屋に……」

「待って下さい!」

「おっ?」


急にさっきまで泣きじゃくっていたひなげしが大声を上げた。


「な、なんですか」


桃子が引き気味の声を出すも、ひなげしは気にせず床に手を突いて身を乗り出し、こっちに顔を向ける。


「その女性ってどんな感じでしたか!?」

「ひなげし?」


翔子も驚いた感じで声を掛けると、ひなげしは母の方を振り返る。


「だって、この家に帰って来たかった女の人って、瑞稀みずきちゃんかも知れないんだよ!?」

「あ……!」

「瑞稀ちゃん……?」

「それで! その女性はどんな人だったんですか!?」

「あ、ええと……」

「背が高くてうなじに掛かるくらいのショートヘアーでしたね」


記憶が曖昧な桃子の代わりにつばきが呟くと、


「コート着てジーパンで、Tシャツだったっけ?」


紡が相槌を打つ。するとひなげしは母の方を振り返り、翔子は驚いた表情で口元を覆っている。


「どうしたんですか?」

「お母さん!」

「瑞稀だわ……! 信じられない……!」


翔子の目から涙がポロポロ溢れ始める。ひなげしの表情は見えないが、母の方へ寄って行き、ぎゅっと抱き締めている。


「あの、一体どういう……」

「瑞稀……、瑞稀は私の妹で、ひなげしには叔母に当たります」


翔子は必死に息を整えながら語り始める。


「私達はご覧の通り母子家庭で……、夫はひなげしがまだ小さい頃に蒸発しました。母一人子一人で育児的にも経済的にも一気に厳しくなり、住んでいるマンションの家賃も払えなってしまって……」

「実家に帰ったりとかは……」

「実家に反対された結婚でしたので今更……。今思えば両親の考えが正しかったわけですけど。そんな時助けてくれたのが妹の瑞稀だったんです! まだ独身で外資系に勤めてお金があったあの子は『じゃあ私が父親になる!』って言って、私達を東京に呼んで住まわせたりお金を援助したり家事育児を協力してくれたり……」

「良い人だったんですね……」


桃子も目頭が熱くなる。紡とつばきは、特に表情が無い。改めてプロは情緒が死んでいるのか。


「えぇ、本当に素直な人柄で、私達をよく守ってくれました」

「お金や手伝いだけじゃなくて、本当の我が子みたいに愛してくれたんですよ!? 小さい頃は肩車をしてくれたり、公園でキャッチボールしてくれたり、自転車の練習に付き合ってくれたり、あちこち連れ回してくれたり……。女性だけど宣言通り『父親』みたいなイメージで必死に振る舞ってくれました。活発でよく喋って、私やお母さんが暗くならないようにしてくれる優しい人でした」


こちらを向いたひなげしも、やはりポロポロと泣いている。


「だけど……」


翔子は顔を覆って震え出した。すぐに嗚咽が漏れ始める。ひなげしが必死に背中をさする。


「二ヶ月程前、仕事の帰りに歩道へ突っ込んだ車に撥ねられて……」

「瑞稀ちゃん……」

「皆さんが見た瑞稀の服装はあの子がよくしていた格好で、その日も同じでした。Tシャツにジーパン、モッズコート……」


紡とつばきは顔を見合わせて頷き合っている。


「それから私達は京都に帰ることを決め、整理をつけて最近このアパートに引っ越しました。それからすぐです。夜中にドアノブが動くようになったのは……」

「瑞稀ちゃん、最後に私達のところに帰って来たかったんだね! それが叶ったから成仏出来たんだね!」

「そうね! そうね!!」


そのまま母娘は抱き合って、温かい涙を流し続けるばかりになったので、一行は空気を読んで退散することにした。


「それでは私達はおいとまします。チェーン、しっかり掛けておいて下さいね」


聞こえているのか分からなかったが、一行はと寝室を後にし玄関に向かった。


「いやー、よかったよかった。一件落着でいい話でしたねぇ」

「Ha-ha」

「あは」

「なんですか二人して素っ気無い返事は」


さっさと靴を履いて出て行く二人に置いて行かれるまいと、座らず靴箱に手を突いて片足立で靴を履く桃子。そこでふと靴箱の上に写真立てがあるのに気付いた。母娘と瑞稀だろう女性の、家族三人仲睦まじい写真。


「あれ?」

「桃子ちゃーん。速くぅ。私一刻も早く帰って寝たい」

「はぁい只今!」


まぁ気のせいだろう、桃子は慌てて二人を追い掛け、香月母娘のアパートを後にした。






 それから数日後のことである。

そのアパートで強盗殺人が起きたのは。

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