急.

『♪Deck the halls with bought of holly, Fa la la la la la, la la la la. Tis the season to be jolly, Fa la la la la la, la la la la♪』

『♪We wish you a Merry Christmas, We wish you a Merry Christmas, We wish you a Merry Christmas, And a Happy New Year♪』


駅前でも大通りでも商店街でも、ましてや何処かのデパートの店内でもない。なのにこんな歌が聞こえてくるのは幻聴だろうか。

今日はクリスマス当日。恋人なんかいないので今日は出勤明日が休みという桃子が帰りに紡邸へ遊びに来ると、紡はパイナップルの浴衣を着て、椅子に座ってテーブルに頬杖突きながらニュースを見ていた。クリスマスでも浴衣。


井納いのう容疑者は深夜二時頃、アパートの一室に侵入し犯行に及びましたが、偶然起きていた隣の部屋の住民が物音に気付いて通報した為、現行犯で逮捕されたということです』


「あー、この事件ですか」

「桃子ちゃんは警察だから、色々内情知ってるんでしょ?」

「守秘義務ありますからね!」

「別に聞きたいってわけじゃないから安心して」

「あは。いらっしゃい」


キッチンから焼き立てのジンジャーマンを持ってきたつばきは、キウイの浴衣を纏っている。


『井納容疑者は警察の取り調べに対して、「古いアパートの鍵は簡単に開けられるので、その中でチェーンが掛かっていなかった部屋に入った」と供述しているようです。警察は、現在京都市内で発生している連続強盗殺人事件に関連があると見て、捜査を続ける模様です』


「まぁ十中八九同一人物ですよ。手口が今までの現場に残っていた痕跡から分かっているのと一致しているんです」

「結局教えてくれるのかよ」

「あは」


『続いてのニュースです。本日はクリスマス、日本全国の大通りなどでイルミネーションが飾られており……』


ニュースは一転明るいものに切り替わり、アナウンサーも中継映像もテンションが上がる。


「うわー綺麗ですねぇ! ねぇ紡さん!」

「寒そう」

「あは! アベックがいっぱい映ってますね!」

「あうあぁぁ!!」

「まーた桃子ちゃんが死んだのか」

「生き返るまで廊下にでも置いときましょう」


つばきが桃子を引っ張っていると、テレビ画面ではフライドチキンのチェーン店に長蛇の列で並ぶ人々が映し出されている。


『これから彼女いない連中で集まってパーティです。へへ』

『彼氏がお酒を買って来るのでぇ、私はチキン担当でぇす』

『いやー、揚げても揚げても追い付かないですねぇ』


紡は頬杖を突いたまま、じーっと画面を見詰めている。


「……ねぇつばきちゃん」

「なんでしょう?」

「晩御飯食べに出ようか」

「あは。触発されて食べたくなりましたね?」

「よしっ! 着替えよう!」


紡が椅子から立ち上がると同時に、死んでいた桃子もガバリと起き上がる。


「私も行きます!」

「あ、やっぱり生き返った」






『♪We wish you a Merry Christmas, We wish you a Merry Christmas, We wish you a Merry Christmas, And a Happy New Year♪』


大通りの界隈は人でごった返している。イルミネーションは輝き、何処からともなく歌と鈴の音が響き、冬という季節の厳しさを感じさせないシックながら活力ある空気が満ちている。


「何食べる?」

「焼き肉!」

「あは。もっとクリスマスっぽいオシャレなものにしたらいいのに」

「そんなもんノー眼中ですね!」


食べるものを決めてから家を出たらいいのに、一行が取り敢えず出てから話し合っていると、


「あっ! 陽さん!」

「おや」


最近聞き馴染みがある声がした。そちらを振り返ると、


「ひなげし……! あら! 陽さん! その節はお世話になりました」


ひなげしが手を振り、翔子は深々と頭を下げる。手には買い物袋を提げている。


「こんばんは。あれから幽霊はどうですか?」

「メリークリスマス。あはっ」

「お陰様で、すっかり出なくなりました」

「瑞稀ちゃん、成仏出来たみたいです」

「それはよかった」


紡が微笑むと、翔子はヒソヒソ話をするように紡へ顔を寄せた。


「あの、お聞きになりました? 強盗殺人の件」

「あぁはい。お宅のアパートだったそうで、大変でしたね」

「えぇ。あれってニュースで見たんですけど、鍵を開けて回ってチェーンが掛かってない家に侵入したんですってね」

「らしいですね」

「うちも鍵が開けられたんです……」

「おやまぁ!」

「なんと!」


紡と桃子が大仰に驚いてみせると、翔子は少し嬉しそうに肩を竦めた。


「危なかったです。でも私達、瑞稀が成仏した日、家の鍵が急に開いたでしょう?」

「そうですね。開けましたね」

「その瞬間すごい怖かったので、ぎりぎりチェーンを掛ける習慣が身に付いたんです!」

「ほう!」

「おかげで助かりましたし、なんなら一連のことで二時に目が覚めるリズムになっていたので隣の物音にも気が付けたんです」

「通報なさったのはあなたでしたか」


翔子はひなげしをそっと抱き寄せ、空を見上げた。


「もしかしたら瑞稀は私達を守る為にあんなことをして、教えてくれていたのかも、なんて……」

「……そうかも知れませんね」

「あ、みなさんはこれからご予定ですか?」

「ちょっと食事へ」

「まぁ! すいませんお呼び止めして!」

「いえいえ」


一行と母娘はそっとすれ違った。


「みなさん、良いクリスマスを」

「そしてお二人とも、良いお年を」


翔子に紡が返事を返すと、母娘は往来の中に飲まれて見えなくなった。すると、ここまで空気を読んで黙っていた桃子が紡の横につける。


「紡さん」

「うん」

「あの女幽霊って」

「うん」



「瑞稀さんじゃありませんでしたよね?」



「そうだね」


紡は母娘を見送るのをやめて目指す方向へ向き直る。

そうなのである。実はあの日、桃子が見た幽霊と玄関に飾ってあった写真の瑞稀は別人だった。


「瑞稀さんはモッズコートらしいですけど、幽霊はチェスターコートでしたしね」


つばきも同調し、紡も大きく頷いた。


「あれは香月さんと全く関係無い、以前あの部屋に住んでいた女性の霊だね。それも事件から助ける為とかじゃなくて、普通に家に帰りたかっただけ。ただの偶然」

「ですよねぇ……うわっ!」


桃子がテンション下がった声を出すと、その鼻先に冷たい何かが落ちて来た。


「あーっ! 雪っ! 雪ですよっ! ホワイトクリスマス!」


つばきが桃子の手を握ってはしゃぎ出す。真っ暗な空からチラチラと雪が降って来たのだ。紡もそれを見上げると、白い息を吐きながら笑った。


「でもまぁ、瑞稀さんってことでいいでしょ。真実なんてね、言わなくていいことも多い。それが私達からあの人達への、クリスマスプレゼントってことで」


紡も桃子もつばきも、両掌でそっと雪を受け取った。


「それもいいかも知れませんね」

「でしょう? なんたって今日は……」



「「「♪We wish you a Merry Christmas, We wish you a Merry Christmas, We wish you a Merry Christmas, And a Happy〜 New〜 Year〜♪」」」






♪Deck the halls with bought of holly, Fa la la la la la, la la la la〜……♪

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