五.桃子より公務をこなす女
その日の真夜中一時半頃。桃子はまた香月母娘のアパートに来ていた。しかし今度は二時になるまで車内で待機ではなく、彼女らの部屋の前で取り込み中である。
「設定はこんなもんですかね?」
桃子は三脚を立て、その上にカメラを設置していた。つばきに言われた通り映像を撮ろうと言うのだ。ただし動機は犯人の姿をばっちり捉えるとか依頼人達の為とかではなく、
「これで私が嘘を吐いてないって証拠がゲット出来る……」
純度百パーセントの保身である。その後桃子はバッテリーがしっかり充電されていることを確認し、車内に戻った。
翌日の夕方頃、紡邸。
「紡さん紡さん紡さん!!」
興奮した桃子は玄関で待つのも
「なんだようるさいな」
「あなたを招集しますよ!」
『警察は依然、犯人の行方を追っていますが……』
「なんのこっちゃ。それよりこの事件は解決したの」
「そんなことは捜査一課にでも任せりゃいいんです」
「雑だなぁ」
そこにコーヒーを盆に載せたプルンパーゴの浴衣のつばきが現れる。
「あ、桃子さん。いらっしゃい」
「お邪魔してます。それより聞いて下さいよ! 私の無実が証明されました!」
「おめでとうございます」
「ありがとうございます!」
桃子は昨日のカメラを取り出した。それをゴチャゴチャ弄くり回しながら、
「二人ともこの映像見て下さいよ。ばぁっちり証拠が映ってましてね!」
「何も映っていないのが証拠なのに、ばっちり映っているとはこれ如何に」
「そういう日本語マジックはいいんですよ」
桃子は映像を再生した。
その日の夜中も、翔子から電話で悲鳴のような呼び付けを受けた桃子は急いで玄関へ駆け付けた。そして相変わらず誰の姿も無いこととドアノブがガチャガチャ言っていることを確認すると、
「しっしっ!」
犬でも追い払うかのような無駄な動きを繰り返した。
しばらくして、おそらく桃子の行動とはなんの関係も無くガチャガチャが収まると、桃子はカメラの映像を
「よしっ!」
ドアノブが誰もいないのに激しく動いている姿をしっかり捉えていた。
あと桃子が「しっしっ!」と奇怪な踊りのような動きを繰り返しているのも。
「香月さん香月さん! これ見て下さい!」
桃子は鬼の首を取ったように大騒ぎ(真夜中)。早く無実を証明するべく香月家のドアをドンドン叩いて母娘を恐怖させたのは言うまでもない。
しかし放置していては近所迷惑と思ったか、桃子を家に上げてくれた香月母娘は早速のその映像を見て、
「あら!」
「うわっ! やばっ!」
「何かしらこの踊り……」
「変なの……」
全て納得してくれた。
勝訴! 無罪放免! 大喜びの桃子は朝イチで署に乗り込むと、近藤にも例の映像を見せた。
「うわぁ……、こりゃひっどい動きしてるねぇ……」
「でしょう!? つまりですね、私は虚偽報告も犯人を見逃したりもしていない!」
「え? あ、うん。そうみたいだね」
近藤の了解も得たところで桃子は本題に入る。
「課長! これはもう我々の職務の範疇を超えているのではないでしょうか!」
桃子が身を乗り出すと
「もっともだね」
近藤も身を乗り出す。
「つまりこれはそういう専門家の仕事の範疇であり?」
「そういう人に協力を仰ぐべきであり?」
「私の知り合いにそういう人がおり?」
「それは才木の時に協力してくれた彼女であり?」
「イエース」
「オーケーイ、ゴー」
「ということです」
「ということです、じゃねぇんだよ」
「なんですかこの半年で消える一発屋芸人のネタみたいなダンスは」
「ダンスじゃありませんが!?」
時は戻って紡邸のリビング。桃子は動画の再生を終了した。
「とにかく! これは心霊現象であると香月さんにも課長にもご理解いただけましたので、今度こそお二人には来てもらいますからね! 正式な依頼として!」
もうすぐ日付けも変わろうか、夜更かししない人はそろそろ寝ようかという頃。一行は香月家を訪れた。桃子は時間帯を考えて、控えめにドアを叩く。
「香月さーん! 助っ人を連れて来ましたよー!」
その割に声はデカい。
結局紡をここまで引っ張り出すのには結構手間が掛かった。あれからも
「嫌だよ、そんな深夜なんて。別に今日も寝溜めとかしてないし、絶対起きてられないよ」
「あは。今朝も起きて来たのは十時以降ですけどね」
とか
「そもそも夜はしっかり寝ないと美容と健康の敵だよ? 絶対嫌」
「あは。その割に暴飲暴食煙草もやってますけどね」
とかゴネまくったのである。それをどうにか、
「もう課長の鶴の一声ですからね! 協力しないと公務執行妨害ですよ!」
そうしてなんとか紡達を引っ張り出して今に至る。
「ちょっと、静かにお願いします」
「あ、すいません」
翔子は出て来るなり桃子を叱った。当然である。しかし勝手に気を取り直すのが早い桃子、するりと自分の用件に入る。
「こちら陰陽師で怪奇現象解決の専門家、つむ……フルネームなんでしたっけ?」
「長いので陽で結構です」
「で、こちらがつばきちゃん」
「私のフルネームは聞かないんですか?」
「はぁ、わざわざお越し下さいましてありがとうございます……」
待望の助っ人なのに翔子の反応は冴えない。と、そこに、
「え? 陰陽師? 本物!?」
奥から興奮気味の声と共にひなげしが飛び出して来た。
「もう寝なさいったら」
「私、陰陽師漫画とかも読んでて大好き、で……、……陰陽師?」
ひなげしの反応も冴えない。そりゃそうである。
紡は黒と
誰にも何処にも陰陽師に見える要素は無いのだ。しかも
「しっかり務めさせていただきますので、よろしくお願い致します。それと、女性の二人暮らしなんですからチェーンは掛けた方がいいですよ」
話す内容が現実的過ぎて余計陰陽師っぽくない。
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