五.見え過ぎちゃって

 紡達は今、大学構内の陸上部コーチ陣の部屋を借りてテーブルに地図を広げている。


「何してるんですか?」

「えーと、こことここと……」

「ここ飛ばしてますよ」

「ありがとうつばきちゃん」

「何してるんですかって! ねぇ!」


紡はマーカーで地図の一区画を次々と丸で囲っていく。


「さっき、ある程度何があるのかは見えたんだよね。練習中に事故が起きるようだから軽くやってもらったら、ノコノコ姿を現した」

「ほう! その為に選手を呼んで練習をさせたんですね!」

「見ただけじゃ誰とかまでは分からなかったけど、あれは人間系の悪霊が取り憑いているとか誰かの呪詛とかじゃなくて『高位の存在による祟り』の系統のものだった。でもグラウンドに何かあるわけじゃない、となると誰かが何処ぞで犯したことになるかなって」

「なるほどですねぇ。で?」


紡は地図をくるくる巻くと桃子に押し付ける。


「桃子ちゃん。駅伝チームの全選手全指導陣にこの地図を見せて、赤丸に行ったか近くを通ったかした人はいるか調べて」

「はぁ!? そんな膨大な!?」

「警察なら聞き込みは得意でしょ。有給使ってまでついて来たんだ、きっちり使ってあげる」

「そんなぁ……」


桃子が軽く地図を広げて赤丸を見ると、その中には鳥居のマークが描かれている。






「来た時は空気が美味いとか言ってましたけど、高地は秋でも随分と寒いですね」

「鈴鹿も山脈が……」

「それはもういいですって」


世間話をしている桃子とつばきの先を、地図を開いた紡がずんずん進んでいく。彼女らは街を探索しているところである。地図上には赤丸と、青丸で囲まれた赤丸がある。青丸は太田に頼んでグループトークで確認した限り、訪れたり近くを通ったメンバーがいる神社である。


「青丸周るんですよね?」

「ううん、赤丸も全部周るよ?」

「え? なんでです?」

「だって寝込んでて連絡取れてないメンバーいるでしょ? そういう人が寄ってるかも知れないし」

「じゃあなんで聞き込みさせたんですか!」

「それに、道すがら地図に載ってない祠とかもあるかもだし」


紡の返事は返事になっていない。が、抗議しても無駄なので桃子はトボトボついて行くのだった。






 神社の本殿前。小声で祝詞を上げ終わった紡は深々と礼をした。一行は神社に着く度、祭神を確認し軽く祝詞を上げているのである。


「ふぅーん」


紡はなんとなく気の無い声を出した。それに対して桃子は、


「見て下さい紡さん! この絵馬めっちゃギャルっぽいですよ! ハートマーク描き放題で『リョウちゃんとずっとラブラブでいられますように♡ 宮台照美みやだいてるみ』って!」


紡が祝詞を上げている間暇なので絵馬を読んでいたようだ。


「人の絵馬をジロジロ見るんじゃありません。行儀悪いな」

「いいじゃないですか。公衆の面前の目立つ位置に括り付けたのは本人です」

「『神様によく見えるように』ってだけで、桃子さんに見せる為に目に付くようにしたんじゃないと思いますけどね」


紡は軽く首を左右に振る。


「そもそもここの御祭神は豊穣神だから、そんなお願いされても困るんだけどね」

「立て看板で説明もあるのに、その辺無視してる人多いですよね。神様の特性を知らずに祈ってる」

「じゃあこのカップルにご加護は無いんですね!? ザマァ見ろ!」


桃子は両手を天に突き上げた。紡はそれを放って先に進みながら、


「アベック憎しは醜いなぁ」

「今時アベックって……」

「ふははははははーっ!」






 境内を出た一行だが、


「うーん……」


神社巡りも半分過ぎた辺りから、紡が冴えない態度を取るようになってきた。


「どうしたんですか?」

「えーとねぇ……」


紡はボリボリ頭を掻く。


「最初にグラウンドで相手の正体を見たでしょ?」

「私は見てませんけど」

「でも私達は見た。それで神社や祠巡りをしているわけだけど、未だにあの時のお方に出会えてないんだ」

「はえー、陰陽師のクセに引き弱いですね」

「轢き潰すぞ」


紡は桃子を車道に突き飛ばすジェスチャーをし、桃子は飛び出さない範囲で横に跳ぶ。でもまぁ桃子も、自分が至らないわけでも無いのに単純に運が悪いことで不利益を被る苛立ちはよく分かる。一応紡の機嫌を取ってやることにした。


「でも神様が見えるってすごいですよね! 羨ましいなぁ!」

「羨ましくないよ」


対する紡の返事は冷淡だった。


「なんと?」

「桃子ちゃん含め、大体の人は神霊が見えないでしょ?」

「それはそうですよ。だからすごいんじゃないですか」

「すごい、特殊だから良くないの。人間が神様なんか見えないと思っているように、神霊サイドも基本的には自ら顕現しない限り『自分は人間に見えていない、見られていない』って了解で過ごしてる」

「それが何か?」


紡は要領を得ない、と首を振り、それを見たつばきがリレーする。


「桃子さんだって誰も見てないと思って過ごしているところを実はガッツリ見られてた、とかなったら嫌でしょう?」

「想像しただけでゾッとしますよ!」

「そういうことです。神様だって嫌なんです。だから神様の中には見ただけで祟る存在もいます。見たくて見てるわけじゃない私達からすれば事故です」

「そんな『見ぃ〜たぁ〜なぁ〜?』みたいな!」

「あは。なんにせよ『触らぬ神に祟りなし』ってことです」

「なるほどぉ……」


顎に手を当てて納得の表情を浮かべる桃子に、つばきは内緒話をするように付け足した。


「あとはウキウキで神社仏閣に観光に行って何も見えなかった、そこがもう神様のいない空っぽのお賽銭毟りだと分かってしまった時のガッカリ感といったら……」

「Oh……」

「さっきのウキウキでご利益に関係無いこと祈ってた絵馬もそうですけど、あんまり詳しくないくらいが一番楽しいのかも知れません」


そんな残酷な話で間を持たせながら地図の神社を周ったが、結局目当ての神様には出会うことは無かった。

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