四.何が起きているか、何があるか

「最初は不注意からの事故と言えなくもないようなことや高熱が出る風邪だったので『気を付けようね』という程度だったんですが、事故は頻発するの風邪は駅伝チーム内では感染が広まるのに同じ陸上部やチームメンバーと同じ学部生には一人も症状が出ないので選手が気味悪がりまして。私も監督も心霊だとかは全然思わなかったんですけど、全国大会の予選選考会も近いので選手にメンタル面の影響があってはいけないということで、近所の神社にお祓いをしてもらったんです」

「なんだ、もうお祓いやってたんですね」

「黙って聞きなさい」


紡が膝で桃子の膝を打つ。


「ですがその次の日に街中を走るのに慣れる練習として外回りをさせていたら、歩道にトラックが……」

「なんと!」

「うるさいよ」

「幸い怪我人だけで済んだのですが選手達はもう大変で、私達も『流石におかしいぞ』となりまして。それで再度神社の方に相談したら、『こういうことの専門家がいるのでそちらに連絡されるといい』と陽さんをご紹介いただきまして」


桃子は紡の方を振り返る。


「紡さん長野に知り合いなんかいたんですか」

「諏訪方面は業界でもホットな地域だからね。よく関わる」

「あは。なんか俗な言い方ですね」


小園と太田は、深刻な相手を前にフランクな会話をしている紡達に不快感も示さず頭を下げる。あるいはそんな感情を抱く余裕も無い、といった様子で。


「どうかこれ以上選手に被害が出ないよう、お祓いをお願いします」


紡はしっかり煎茶で喉を湿らせてから、よく冴える声を出した。


「お顔をお上げ下さい。今回の件、精一杯務めさせていただきます」






 まず最初に紡が行ったのは来られる駅伝メンバーをチームのグラウンドに集めることだった。現場や人物を検分して、纏わり付いている『呪』を特定するいつものパターンだ。

このことに最初太田は難色を示した。外に出たり集まったりすれば事故や感染のリスクがあるからで、ここ数日駅伝チームは自宅待機としていた程らしい。しかし専門家である紡が事情を説明するのと小園の口添えで、ようやく彼女は駅伝チームのグループトークにメッセージを送った。

それで紡達は今、生徒達が集まるまでの間にグラウンドを観察しているところである。


「どうですか紡さん?」

「うーん」


紡は腕を組んで行ったり来たり地面を触ったりした後、グラウンドをじっくり見回す。


「土地自体が禁足地や忌み地というわけではなさそうかな」

「まぁそうだとしたらグラウンドが出来た当時から問題塗れになりますもんね」


桃子が頷くと、紡はニヤリと笑った。


「おっと、そうとは限らないよ? なんでもない土地が急に忌み地になることはある」

「なんと!?」

「例えば誰かが気紛れに飾ったお守りやらで霊道の向きが変わってこちらに流れて来たり、地下を流れる地脈や龍脈の具合が変わってしまったり」


紡は地下に脈があるのを示すように、爪先でトントンと地面を叩く。つばきがそのリズムに合わせて小さく揺れる。


「後は近所に工場が立って、地下を通る水脈を汚染して祟る場合もありますね」

「貰い事故多過ぎません!? ところでその地脈とか龍脈ってなんなんです?」

「土地そのもののエネルギーが通る流れだね。また機会があったら詳しく説明してあげる」

「まぁ脈って言うくらいなので、雑に地球の血管みたいなものだと思って下さい」

「はぁ……」


語りたがりの紡さんが説明を端折はしょるとは……? 桃子の疑問はグラウンドの入り口に見える人だかりで解消された。






「こんにちは。駅伝チームの皆さんですか?」

「はい」


紡が近寄ると、集団先頭の姿勢の良い青年が元気良く応える。


「このように大変な時に集まっていただき、誠にありがとうございます」


紡が桃子からすれば本人には見えない程うやうやしく頭を下げるのを、学生達は物珍しそうに眺める。確かにおそらくは太田に「力のある霊能者が来たから協力して」と呼び出されたに違い無い彼らの前に、これはこれでミステリアスな格好ながら神主なんかとは趣きが異なる格好の紡におチビ、何者にも見えない一般人のヘンテコトリオが現れたら不思議がるのは当然である。

おまけに一番上の紡の年齢が彼らとほぼ変わらず、銀座の母や宜保◯子や細木◯子みたいなそれっぽい貫禄の人がいないのも問題だろう。


「外連味とかそれっぽさ命の仕事じゃないんですか……」

「あは。太々しさは負けてないんですけどね」


桃子とつばきを視線で射殺すように紡が振り返る。学生達はそれを笑っていいのか分からなさそうな微妙な表情で見ている。

紡もそれを敏感に感じ取ったらしい。コホン! と一つ咳払いをすると


「まぁせっかくグラウンドに来たんですから、軽く運動でもして下さい。大会も近いですし」


完璧な作り笑いをした。






 紡達は今、ストレッチや襷の受け渡しのような怪我し難い練習に勤しむ選手達を見ている。


「私も大学時代、仲間達と頑張ったものです……。『今年は関西学生八強入り! 全日本学生出場!』と合言葉にしながら」

「八強が生々しいね」

「は? 決して優勝はハナから出来っこないとかじゃありませんからね? ちょくちょく入れるからこその切実な目標ですからね!?」

「はいはい」

「そんなことより紡さん」

「そんなこと!?」


桃子栄光の思い出はつばきによって一刀の元惨殺された。


「うん、分かってる。はぁーい! ストーップ!!」






 紡は運動中の選手達に声を掛け練習を終了させると、その後簡単なお祓いをして家に帰した。


「気を付けて帰ってねー」


紡が選手達に手を振ると、彼らは陽気に手を振り返してくれた。それを見送りながら、


「帰しちゃってよかったんですか?」


桃子が顔を覗き込むようにして尋ねると、紡は前を見据えたまま歩き出した。


「いいよいいよ、見たいものは大体見れたから」

「お! では!」

「ある程度相手が分かって来たから、こっちも少しずつ動き出そうか」


紡はニッコリ笑ったが、つばきは「やれやれ、長い作業が始まるぞ」と首を竦めた。

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