三.童女強い
「到着! うーん、高地は空気が美味い!」
桃子は車から降りると、大きく伸びをして深呼吸。
「高知じゃないよ、長野だよ」
紡も運転席から降りて来る。黒基調で襟が金地に蔦柄のチュバに重ねた、三重円の赤珊瑚とトルコ石の首飾りが揺れる。耳にも同じ素材の飾りが吊られている。
「そういうこと言ってるんじゃないんですよ」
「椿館は三重県の
「今まで行った所を挙げてるんでもなくてですね」
背後霊モードつばきが耳元で囁く。
一行は今、長野に来ている。車を停めたのは私立大学『
受け付けで庶務課の場所を教えてもらい、地図を見ながら構内を歩いているとたくさんの大学生とすれ違う。
「懐かしいですねぇ。自分の大学時代を思い出します」
「桃子ちゃん大学行ってたんだ」
「行ってましたし出てますよ。確かに警察官は高卒で奉職する方も多いですけど」
「いや、学力的な問題で」
「馬鹿にし過ぎじゃありません!?」
ギャアギャア騒ぎながら構内を歩いていると、何やら女学生の多くがこちらを見ながらヒソヒソ話している。
「ちょ、ちょっと騒ぎ過ぎましたかね?」
「ガヤガヤ会話してる人なんていくらでもいるでしょ。多分この視線は……」
二人組の女学生がこちらに歩いて来る。
「こんにちは〜」
「こんにちは」
つばきが挨拶を返すと女学生達は、
「可愛い〜! お姉ちゃんについて来たの?」
「お嬢ちゃん幾つ?」
なんだか勝手に盛り上がっている。
「あー……」
桃子は改めてつばきを上から下までじっくり見てみる。
「大正時代の人ですもんねぇ」
十四歳だが前時代的に小柄なつばきは正直小学生とかに見える。おまけに顔も童顔でほっぺも赤らんでもちもち。なんか「一人が駄目だからお姉ちゃんに大学までついて来ちゃった子」に見えるのだ。しかも格好が格好、持ってるポーチも「子供のお遣い感」があるだけに小学校なら私立、「いいとこのお嬢さんで甘えん坊」にも見える。
でも、
「じゃあね、バイバーイ!」
一頻りつばきを
「ふふん、小娘共め」
もらったキャラメルを口一杯に頬張る推定百歳の貫禄がそこにあった。
庶務課を訪ねると受付のマダムが内線で依頼人の陸上部監督と部長(強豪校にありがちな学生ではなく大人がやっている、主将とは別の『部長』)を呼び出してくれた。
煎茶をいただきながらしっかりした応接室で待っていると、桃子には段々ラフな私服の自分と小学生未遂(?)のつばきが場違いに思えてくる。
「あの、私、来ても良かったんですかね?」
「私が一度でも君を連れて行こうとしたことがあったかな?」
「うぐっ! で、でも、つばきちゃんみたいな童女も真面目な場にいたら浮きませんか?」
「あは? それはどういう意味でしょうか?」
「あっ、いやっ、他意はなくてですね」
「じゃあ何があるんですかぁ?」
「ひぃぃ……」
藪蛇になって革のソファを肘置きまで追い詰められる桃子を横目に、紡は小馬鹿にしたような息を吐く。
「こういう仕事はつばきちゃんみたいな
屈辱的なような、推定百歳と比べられたら仕方無いような、でも冷静に考えたら普通に知能が子供と言われているのでやっぱり屈辱的な(ここまで思考を回さないと正しく理解出来ないのでやはり知能が……)ことを桃子が叩き付けられている内に、ようやく監督と部長が部屋に入って来た。
「どうもお待たせしてしまって」
「いえいえ」
普段は常識が無いくせにこういう時相手を立って迎えるのはサッと素早い紡に、桃子はちょっと敗北感を覚える。
相手方、監督は顔こそ
部長はいかにも最近まで実業団辺りで選手でしたと言わんばかりの引き締まった長身にはっきりした目鼻立ちの女性で、いいブランドながらスポーツウェアを召し髪型もポニーテールとさっぱりした印象を受ける。
「私が監督の
「よろしくお願い致します」
「ホリデイ=陽です」
「わ、私はおき」
「君は名乗らなくていいよ」
「なんと!」
丁寧な挨拶を交わした(一部を除く)後椅子に着くと、小園が切り出す。
「えー、本日は遠い所をよくいらして下さりました。ありがとうございます」
「いえいえ」
小園も太田も、やはりつばきの存在をチラチラ見ているのが桃子には少し面白い。そりゃ桃子だって仕事の依頼した相手がこんな小さな子を、店にお手伝いで置いてるならともかく出張先まで連れて来たらびっくりする。
「今回は部内で病気や事故が多発するのでお祓いを、と伺っておりますが」
「はい」
「部内、というか駅伝チーム内でなんですが……」
小園が返事をすると、話を繋いだのは太田だった。彼女は桃子が軽くしか聞かされていないあらましを丁寧に語り始めた。
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