四.我が名をまだき知られけり

「ところで、陰陽師さんのお名前は?」


 なんだかんだ、怪しいやつの同行を許可してしまった桃子。ひとまず交番に戻る最中である。自転車の車輪がキィキィと、桃子の疲労のように鳴る。そう言えば、ミル・クレープを残したまま出てきてしまった。


「私はタンつむぐ・ホリデイ=ヤン。偽名」

「流れるような偽名宣言」

「本名は本人を強く縛る『呪』。強力な術者に知られるのは、自身の支配権を譲渡するも同じ」

「えっ」


「えっ」

「あぁ、偽名って言っても芸名じゃないから、一応名前と人種はあってるんだよ? 純日本人なのにホリデイとか陽とか名乗ってるわけじゃないから」

「いや、そうじゃなくて、そうじゃなくてですね?」

「あ、ここが君の勤めてる交番だね」

「ちょっと!」


 桃子の命を握る女は無遠慮に、交番へ入っていく。そして桃子用の椅子に座ると、デスクにあったクマのぬいぐるみを手に取った。


「そこは私の席なんですが。来客はそっち」

「可愛い趣味してるねぇ、このクマちゃん」


 紡が自転車を停めてきた桃子に向かって、クマに前足でシャドウボクシングをさせる。


「それは迷子の子どもが来た時用です」

「あぁ、今回の子みたいな」

「……」


 紡はクマを解放して、桃子に向き直る。


「さて、それじゃ、いろいろ分かってることを教えてもらおうかな。あと、交番だったら地図くらいあるでしょ? 道を聞きにきた人用とかに。それも出してもらえるかな」

「なんと人使いの荒い」

「勝手に漁ったら悪いと思っただけなんだけどね」


 桃子は観光用みたいな、ポップなイラストの散りばめられた地図を広げる。


「言っておきますけど、私はあなたが捜査に参加することは大変遺憾であり……」

「ゴタゴタと。もし桃子ちゃんが仕事出来るオンナなら、さっさとホウレンソウしなさい」

「も、桃子ちゃん」

「いいじゃん桃子ちゃん。鬼を祓える名前してる」

「そうじゃなくて、距離感縮めすぎじゃありません?」

「じゃあ早くしろ婦警」

「ふけっ……」


 桃子は軽く頭を振って切り替えると、赤いマーカーを持ってきた。


「ここが則本家です」


 住宅街の一角が赤い円に囲まれる。


「そしてこちらが珠姫ちゃんの通っている塾。あの子はここの帰りに、行方不明になりました」

「ほうほう」


 桃子は塾も円で囲むと、二つの円を線で繋げる。


「これが珠姫ちゃんの帰宅ルートです。そして」


今度は青いマーカー。塾から赤いルートを、途中までなぞる。


「コンビニや近所のダルメシアン飼ってる家の防犯カメラから、ここまでは足取りが掴めています」

「あぁ、あのスペアリブ」

「スペアリブ?」

「人懐っこいんだよ。頭もいい」

「スペアリブが!?」

「吠えないし噛まない」

「そりゃそうでしょうよ!」

「ただしボディタッチとペロペロが多い」

「えっ、何、怖い。『キラート◯ト』ですか?」

「は?」

「はい?」


 桃子の脳内で、手足の生えたスペアリブが人間に纏わり付く、ウルトラC級ホラーが完成した。


「ま、いいんだよスペアリブは」

「いいんですかそんなモンスター野放しにして!?」

「モンスターじゃないもん。それじゃあ現地調査だね」

「げ、現地ですか……」

「何か?」

「あ、いや……」


 消えた少女の帰宅ルートなら、頭から足先まで警官がひしめいて捜索活動をしていることだろう。そこに持ち場の違う桃子が、ワケの分からない女を連れてヒョコヒョコ現れようものなら、同僚先輩上司から袋叩きにされてしまう。そんなの絶対に避けたい。


「いやー……、もうその辺は捜査されてるんで、行くだけ無駄かなぁ、と。新しい発見とかないと思いますよ?」

「ふふん、言ったよね? 私は陰陽師として協力するって。観点が違うんだから、新しい発見しかないと思うな。警察に風水や神仙思想に基づいた捜査手法の人がいるなら話は別だけど」

「はー、やー……」

「まーでもぱーでもいいから案内して。女の子見つけるんでしょ?」

「むー、ぬー……」

「案内しなさい沖田桃子」


 紡がやや冷たいというか、無機質な声を出すと


「はい」


 桃子の口から、意図しない言葉が出た。


「あ、あれ?」

「はいって言ったね? じゃあ案内して」

「いや、今のは……!」

「名前という『呪』、個人の支配権。それを使えば、こういうこともできるのさ」

「はえっ!? じゃあ今のはあなたが私を操って!?」

言質げんち取ったかんね」


 紡のエメラルドがウインクをした。

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