三.『呪』と詐欺と陰陽師

「おんみょうじぃ!?」


 桃子の眉が険しくなる。


「私だって漫画大好きだし、歳もこのまえ二十四になったところですがね。さすがに騙されませんよ。今時小学生でも騙されない」

「あぁ、年、一個下なんだ」

「まずもって、そのナチョス食べながらアメフト観戦してそうなお顔で陰陽師とか言われましても」

「イングランド系だよ!」

「あなたが陰陽師なら私は新撰組ですよ。愉快な人ですね」

「じゃあ落雷は?」


 たしかにあれは衝撃の出来事だったが、桃子は元より深く考えないタチだ。


「偶然でしょう。大体、なんで洋菓子がインドの神話を表してるんですか」

「それは術者がそういう『しゅ』として用いるからだよ」

「しゅ」

「術、存在、性質、定義、あるいは扱い。考え方はいくらでもあるけど、要はモルヒネでトリップするみたいに、術者が『そう』使えるものを『そう』使えば『そう』なる、ということ」


 対する桃子は、半笑いでミル・クレープをザクザク刺す。お行儀が悪い。


「どうしてミル・クレープが落雷に使えるんですか」

「シヴァ神はヒンドゥー聖典におけるインドラの流れを汲んでいるいるからね。習合しゅうごうとも言う。そしてそのインドラには、雷霆神らいていしんとしての側面がある。さっきも言ったように、クレープを食べる行為はシヴァの神話と同じ『呪』を持っている。そういった森羅万象から同じ『呪』をより合わせて、一つの『呪』として行使するのが陰陽師のわざの一つ」


 しかし桃子に取り合う様子はない。相手の方を見もしない。


「へぇ〜、よく分からないですけど、稼げるお仕事に転職なさったらいかがです?」

「稼いでますよ、たんまりと」

「は?」


 女性は平然とカップを口に運ぶ。


「でなきゃ、こんな大きいおうちに住めないでしょ」

「は? その陰陽師とやらで?」

「えぇ、『呪』による問題を解決することで、お代金をね」


 桃子の目の色が変わる。


「詐欺じゃないですか! 逮捕!」

「詐欺じゃないよ。実際に問題は解決して、向こうも満足してお金払ってるんだから」

「いやいやいや! そんなのおかしいですよ! どんな問題をどう解決してるのか知りませんけど、そんなワケも分からなきゃ効いたかも分からないホニャホニャホニャホニャで『私が解決しました!』なんて、絶対詐欺じゃないですか! 逮捕逮捕逮捕!」


 女性はミル・クレープを食べる手を止めた。


「てことはお巡りさんは、風邪に対して一見効果もなさそうだし、何がどう効いたかも目に見えない薬を処方してお金を取る医者や調剤する薬剤師は詐欺師だし、亡くなった身内が成仏したのかしてないのか、そもそもそういう概念があるのかすら判然としないなかで、お経読んでお布施もらってる僧侶も詐欺師だと。見掛けたら逮捕すると」

「ぐ、む……」

「ま、ま、それはいいよ。正常な反応だし、陰陽師とか言われてハナから『すごいです〜!』ってなられても引くし。それより本題に入ってください」

「私は納得してな……、本題?」


 女性は桃子のカップに紅茶を足す。


「私の職業調査に来たわけじゃないでしょう? ましてや論争しに来たわけでもないだろうし。あなたの用事を済ませたらどうかな?」


 桃子はようやく、自分がそもそもなんのために外回りしていたのかを思い出した。そんなんで大丈夫か沖田桃子。


「そうそう、そうなんです。この辺りに住んでる、則本珠姫のりもとたまきちゃんってご存知ですか?」

「則本さんという方がいらっしゃるのは」

「そこの娘さんなんですが、昨夜二十時半頃から二十一時半頃、小学校高学年くらいの女の子見ませんでしたか?」

「見てないなぁ」

「身長百五十センチ弱で、ピンクのシャツにマドラスチェックのスカート、髪型はおさげで……」

「見てないよ。悪いけどその時間帯は、縁側でお酒飲んでたので。何? 行方不明?」

「捜査の詳しい内容は……」

「別に怪しい人も見てないし、大きな声も防犯ブザーらしき音もしなかったな」

「そうですか……。分かりました。ありがとうございます」


 桃子は席をたった。手掛かりがないなら、こんなおかしい人に用もない。

 すると女性は、話を切り出すように手を叩いた。



「じゃあこうしよう。私も陰陽師として、捜索に協力します」



 そのまま今度は、高貴な人が使用人を呼ぶように手をパンパンと叩く。


「は? いやいやいやいや」

「それで見事解決したら詐欺師呼ばわりは撤回、するのか分からないけど逮捕もなしということで」

「ま、ま、待ってくださいよ! 一般人が捜査に関わるのは……!」

「うるさい雷落とすよ」

「ひっ! 脅迫罪!」


 女性は桃子の肩に腕を回し、顔を寄せる。

 あ、やっぱりお顔綺麗、甘い匂いする……、て何考えてんだ私は! 桃子が頭をぶんぶん振ると、女性は耳元で囁いた。


「まぁまぁ、子どもを探すのに、警察だけじゃなくて近所の人も出るのはよくある話でしょ? 問題ないね? ん? 普段なら代金取る仕事を、今回は疑念解くだけでやってあげるって言うんだからさ?」


 やだ、声も甘い……、なんだか桃子は、腰が抜けそうになった。これも『呪』?


「はいぃ……」

「じゃあそういうことで。お巡りさん、お名前は?」


 女性が腕を解くと、桃子はその場にへたり込んだ。


「沖田桃子で〜しゅ……」

「沖田……、じゃあやっぱり、新撰組じゃんか」


 女性はいつの間にかドアノブに掛けてあった、紅樺べにかば色のベレー帽を被りながら、笑った。

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