三.お稲荷様とネズミ御殿
桃子たっての希望で、件の神社に訪れたのは彼女の休日だった。一応世間一般の休日は人が多くトラブルが起き易いので、桃子みたいなのでもちゃんと交番にいる必要がある。それで特殊な週休二日制桃子の休日は平日なことも多い。
そのおかげで大きく有名な神社ながら、混み具合はそこそこだった。
「いやぁ、混み混みの日を指定されたらどうしようかと思ってたよ」
白いTシャツにモスグリーンのフライトジャケット、シアングリーンのワイドスラックスで頭にはいつものベレー帽の紡が白い息を吐く。
「身動きが取れませんものね」
「それだけじゃないよ。色んな人が色んな念を持って来るからね。神社のことを調べるのにはノイズが多過ぎる」
「この前の縁切り神社みたいなもんですか」
「みたいなもんですわよ」
「急にどうしたんですのよ」
桃子は口調がザマスに変わる前に話題を変えることにする。鳥居を見上げて、
「それより、なんか最近神社に行ってばっかりな気がしますよ」
「嫌なら来なくていいんだよ」
「殺生な!」
「持ち込まれる案件が神社続いてますしね」
白いスモックに黒いスクマーン、深緑のエプロンを重ねたつばきがパラパラ手帳を開く。頭にはカチューシャに色取り
「記録付けてるんですか」
「付けてませんよ?」
「えぇ……」
無意味なやり取りを尻目に紡は鳥居を潜って行く。
「あっ、待って下さいよぉ!」
「私はチャキチャキ進めて早く家に帰りたいの」
一行が本殿前に至ると、狛犬代わりに別の生物が配置されている。
「あっ! お稲荷さん!」
桃子が指差すと紡はその指をチョップで下げさせる。
「指差すな。あとアレは眷属の狐であってお稲荷様ではない」
「違うんですか?」
「違うよ。お稲荷様は
「まず『唐本御影』が分かりません」
「『聖徳太子及び二王子像』のことですよ」
「はぁ……?」
桃子は首を傾げたが、それ以上は深入りしないでおいた。分からないことは分からなくていいやと思って彼女は生きている。それより桃子にとって重要なのは、
「それより紡さん! これはもう全て分かりましたよ!? 才木さんの仰る通り神社に問題アリですよ! お稲荷さんの祟りじゃあ!」
「えぇ……」
「前にも祟り神の事件がありましたからね! これは決まりですよ! だってお稲荷さんだもん!」
「『だってお稲荷さんだもん』?」
桃子の捲し立てを引き気味で無視していた紡だが、ピタリと止まるとゆっくり振り返る。彼女の目付きは一瞬で変わっている。あ、マズいスイッチを押した……、しかし後悔先に立たず、桃子の身体に妙な力が入る。
「何故お稲荷様なら祟りだと思うのかな?」
桃子がちょっと後ずさるとつばきにぶつかった。
「あは」
振り返ると目が合った彼女はニンマリ笑った。こいつ、逃さないつもりだ!
「桃子ちゃん?」
「あっ、いや、よく言うじゃないですか。『お稲荷さんは恐ろしい』って」
「それは誤解だよ。人間の凄まじく勝手な思い込み」
「そう言えば以前もお稲荷さんが恐ろしいのは誤解とか牧原さんに言ってましたけど」
「そう」
紡は腕を組みながら右手の人差し指を立てる。
「桃子ちゃんはそもそもなんでお稲荷様が祟るとか恐ろしいとか言われるようになったと思う?」
「えー……? 知りませんよそんなの。なんか、お稲荷さん信じてる人がエラい目にでも遭ったんじゃないですか?」
「その通りだよ」
「は?」
紡の言葉に桃子は思わず前のめりになる。
「じゃあやっぱりお稲荷さんがヤバいんじゃないですか!」
「まぁ待ちなって。この話には裏があるの」
「裏ぁ?」
「江戸時代、長屋で火事なんかがあって焼けちゃうと、必ずと言っていい程住人の中にお稲荷様を信仰している人がいた」
「ほらー! もうホラー! やだー!」
「黙って聞けっての!」
紡が桃子の口を押さえ、つばきが何故か手を拘束する。
「いい? お稲荷様信仰のご利益には商売繁盛があって、商売している人の間で非常に人気があったの。それこそ江戸時代には今のコンビニレベルで社があったんじゃないかってくらい」
「はえー、二十四時間対応ですかね?」
「つまりこういうこと! 長屋は集合住宅だから色んな人が住んでいる! その人々は当然なんらか商売をしている! そしたらその中に一人はお稲荷様信仰をしている人がいる! だから何かあった際にはそこにお稲荷様の札か何かがあって当然だった! なのに愚かな人々はそれを『お稲荷様の祟りだ!』と勘違いした! 以上!」
「はえー」
「某夢の国のネズミ御殿と一緒です。『カップルで遊びに行くと別れる』じゃなくて真相は『遊びに行くカップルが多いから別れるのも多い』みたいな、因果が逆なんです」
「なるほど」
そこから紡とつばきは桃子を置いてけぼりで盛り上がり始めた。
「あとは
「あとは狐と犬を混同して犬神と同一視された影響もあるとか」
話がどんどん桃子から遠くなっていくので、彼女は修正を試みる。
「そんなことより! お稲荷さんがどうとかより依頼はどうなんですか!?」
「依頼?」
「結局この神社に人を廃人化させるような何かはあるかと聞いてるんです!」
紡はやれやれと首を振った。
「そんなのいたら、のんびりお稲荷様の講義してると思う? おまけにやたら寒いのに」
ごもっともだが、それでもお稲荷さん講義はいらなかったんじゃないか? 桃子は面倒なので口には出さなかった。
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