一.それゆけ警察官 沖田桃子
「こちら
夏特有の、朝でも元気な空気の中を、自転車でゆっくり
彼女の名は
「今日もこの町の平和は、本官が守る!!!」
と使命感を滾らせている。
と、その使命感を後押しするように電話が鳴った。
「もしもし! こちら京都府警堀川……」
『沖田! お前今まで何してた! どうして携帯にかけても出ない!』
配属されてすぐ交番に送られた桃子には、馴染みのない上司の声が響く。
「はいっ! スマホはラーメン屋でスープに落としてしまったので、現在修理中であります!」
『バカもんっ! 食べながら携帯など行儀悪いことしとるからだ! それはさておきだな、昨晩の二十二時頃、ちょうど堀川で「小学生の娘が塾から帰ってこない」と通報があった。お前も今すぐ捜索に参加しろ!』
「了解! 現場に急行します!」
『現場ってどこだ!』
桃子は電話を切ると胸に手を当て天井を見上げた。
「ついに来た!」
堀川一条の交番に派遣されてからというもの、業務の八割を老人の話し相手、残りの二割を脱走したペット探しで過ごしてきた桃子にとって、初めての警察官らしい仕事である。
やっと社会に貢献できる仕事なのである! (と桃子は思っているが、今までの仕事だって、じゅうぶん貢献している)
これでお巡りさんから警察官へランクアップである! (と桃子は思っているが、本人もニュアンス以上の違いは感じていない)
桃子は自転車に跨り、交番を飛び出した! いざ鎌倉! ならぬ現場!
「うおおぉぉぉぉぉぉぉ!」
キコキコキコキコ! と油が差されていない自転車で音を撒き散らしながら、大通りを目指す桃子! まずは有力な情報を聞き込みに……!
「……で、どこに行けばいいんです?」
こんな奴だから、どうでもいい交番に飛ばされるのである。
キコキコのそのそ交番に戻って本部へ折り返し電話、先ほどの上司にコッテリ搾られてから、改めて詳細な情報をもらい指示を仰ぐ。
ひと通り少女が消えた帰り道のルートを頭に入れてから、
『お前は一条のこの辺りを聞き込め。あと、何か見つけた市民の方が交番に駆け込むかもしれんから、定期的に交番に戻れ』
と、交番周辺の捜索と聞き込みを仰せ付かった。
一件、二件、……何件目、聞いて回るも有力な話はない。自転車で飛び出したものの、一件聞いたら隣の家へ、なものだから、帰りに飛ばすのはともかく、行きには手押しの荷物にしかならない。
一応、馴染みのおばあちゃんに話をするたび、
「あぁら! 大変ねぇ! これ、女の子が見つかったらあげてちょうだいね。あとこれは桃子ちゃんの分ね、甘いもの食べてがんばってね!」
と増やされる荷物を前カゴに入れられるのは便利っちゃ便利。季節でもないのに警察官のコスプレ(本職)して、一人ハロウィンをする桃子だった。変な疲労感があるのは、夏の気温のせいだけではないだろう。
警察官が箱にお菓子満載で、自転車手押しでキコキコ言わしながら歩いているのは、
周囲の視線がチクチク刺さる気がして、桃子は堪らなくなった。日差しも余計にジリジリ背中を焼く気がする。
私だって、できることならカッコよく、颯爽とポリースメーンしたかったですよ! ウーマンですけど!
しかし現実は地味で地道だ。桃子が思い描いた市民を守り助けるスーパーヒーローはいない。そして、こういうお巡りさんが一番市民の助けになることに、若い彼女はまだ気付けない。
彼女は視線と日差しを避けるように、細く背が高い路地へ入った。そして、自転車のハンドルがブロック塀にガリガリ引っ掛かるので、すぐに後悔した。
ほんの数メートルの路地を抜けるにもひぃこらひぃこら。本当に自転車なんか持ってこなきゃよかった、と桃子の頭に血が昇る。
「あぁもう!」
怒りに任せて
「おや……」
目が光に慣れると、そこには桃子の知らない景色があった。どうやら来たことがない場所に当たってしまったようだ。
「町のお巡りさんとして一年駆けずり回ってきたのに、まだ知らない道があったとは」
大型トラックがギリギリすれ違えるくらいの幅の道が、アメリカンフットボールのコートを二つ敷けるくらいの長さで伸びている。
辺りを見回して、なぜ来たことがないのか桃子は得心がいった。
都会の中に急に現れる小さなお寺や神社がそうされているように、この空間を包囲するように建物が建っている。そのうえでこのそれなりな道も、そこに至る入り口が、どれも用事でもなければ絶対に通ろうと思わないような、細い路地なのである。
「隠れ家カフェみたいな立地。案外探せば、まだまだこういう場所があるかもしれない。というか……」
今桃子の視線を掴んでいるのは、ただの広い道ではない。
この空間にたった一つ鎮座する、それこそ変な隠れ家カフェ風の建物。門が開け放たれた塀の向こうには、洋風ハウスと和風邸宅が雑にくっ付けられたものが見える。
「変な家だなぁ。まぁ聞き込みでもしますかね」
せっかく自転車のハンドルをギャリギャリにしたのだ、何かしないと虚しすぎる。
そしてもしあの家が本当にカフェなら、冷たいクリームメロンソーダくらい飲みたい。喉がカラカラ。あぁ、気付けばお昼前、オムライスとかピザトーストとかナポリタンとかあるかもしれない。桃子、ケチャップ大好き。
門の脇に自転車を停める。門は開けっ放しのうえにインターフォンの
桃子は勝手に門をくぐった。
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