四.地鎮祭
唯が運転するクロスカントリー車の後ろを紡の車が着いていく。今更つばきを透明に出来ないので、定員オーバーの桃子は唯の車に乗せてもらっている。唯がツーシーターを見ながら
「どうやって三人で来たんですか?」
と聞いてきた時には笑って誤魔化すしかなかった
そうして後部座席に収まっている桃子が他人の車というアウェーに打ち震えていると、道案内をせずに周辺地図のみを写しているナビの画面が切り替わった。『
「あ、すいません、弟から。出てもよろしいですか?」
「えぇどうぞ」
むしろナビを介した会話だと常時スピーカー状態で内容が他人の桃子に丸聞こえになる。向こうがそれを気にしないかの方が桃子は気になるのだが、唯は平気そうに通話を開始した。
「もしもし」
『もしもし姉ちゃん!?』
電話の向こうからは非常に切羽詰まった声が響く。後部座席の桃子からでも運転席の唯が強張るのがよく分かる。唯は一拍置いてから絞り出すように返事をした。
「どうしたの」
『その、母さん……、母さんも倒れた』
一転トーンが落ちる佑の声。唯も一刻も早く家に戻ろうとしているのか落ち着いて会話しようとしているのか、加速減速が不安定に交差する。あるいは足に妙な力が入っているだけかも知れない。
「それで、救急車は呼んだの?」
『呼んで、付き添いで俺も今病院。姉ちゃん探したけど入れ違いになったみたい。今どの辺? 病院戻って来るまで何分くらい掛かる?』
唯の手がきゅっとハンドルを握り締めた。
「ごめん、私暫く掛かる」
『暫くってどのくらい!?』
「……その、もしお母さんもお父さんと同じ感じだったらさ、入院の荷物とか準備がいるでしょ。そういうのやってから行くから、分かんない」
『そんな縁起悪い……!』
「それよりお母さんの状態はどうなの? お医者様はなんて?」
『それはまだ……』
「じゃあ分かり次第連絡して。そっちはちょっと任せる」
唯は通話を切った。今度は意識的にアクセルを踏み込む。
「あ、あの、病院に戻ったら如何ですか……? お母さん心配でしょう? 紡さんも別に、説明したら全然理解ある人ですし……」
「いえ、結構です」
桃子に対する唯の返事は、強い意志というよりは肩肘張ったような、過剰に籠った力を感じる声だった。
それなりの傾斜がある山道に入ってどんどん人里を離れていく最中は、実は騙されていてこの後誰もいない場所で身ぐるみ剥がされて埋められるんじゃないか、とかよく分からない妄想で少し恐怖していた桃子だが、山の中腹辺りに来ると急に道が平坦になって視界も開けた。ちょっと気が楽になる。
下車して振り返ると、紡の古そうな車もなんとか着いて来ていた。
広々とした草原は青い空が高く風も爽やかで、名作児童文学の実写化が撮影出来そうなほどのロケーションである。
「すごいですね紡さん!」
桃子は土地の風光明媚たるを讃えたのだが、紡の表情は敵が攻め寄せてきた城の主のように険しい。
「確かにすごいね。禍々しい気を感じる」
「そういうことじゃなくてですね。岩下さん、この土地一帯お宅のものなんですか? お金持ち!」
「桃子ちゃん、はしたないよ」
「はは、相当安かったみたいでして。そんなに広い土地でもないですけど」
「どんな謙遜ですか! 小さな集落くらいなら入りますよ!?」
「えぇ、まぁ、ありがとうございます」
「そんなことより、あちらに見えるのが別荘」
要件を進めたい紡が指差す先には大きな和風建築が鎮座している。
「そうですよ」
「いやぁ〜デカい。儲けてますねぇ。紡さんより儲けてるんじゃないですか?」
「ウチは明朗会計なんで」
「取り敢えずお上がり下さい」
唯の先導で別荘に近付くと、
「こら! スキピオ!」
一匹のゴールデンレトリバーがボールを咥えて、埋めたいのか穴を掘っているのが見える。唯の声でこちらに気付いたスキピオは、元気に駆け寄ってくるとそのまま唯に飛び付いて戯れまくる。
「ハッハッハッハッ!」
「こーらスキピオ、またおもちゃ埋めようとして。はいはい、いい子だから後で」
「桃子ちゃんの同類じゃん」
「誰が犬ですか」
「ほら、いい子だからお行き」
「ほら、スキピオが行くよ。桃子ちゃんも行かなくていいの?」
「私も紡さんに抱き付いてペロペロしてやりましょうか?」
「悪霊退散」
それから三十分ほど経ったか、庭には紡と唯と桃子がいる。そして別荘内の物を使った簡易的な台を拵え、その上に冷蔵庫の中にあった物を供物として捧げ、後は紡が持って来たセットで差し当たっての地鎮祭の体裁が整えてある。ちなみにつばきはスキピオが乱入しないように遠くでボール投げてる。
「では始めさせていただきます」
十分そういうのが出来そうな仙女の格好だった紡は、やはりそれが地鎮祭の正装なのだろう桃子もテレビで見たことがあるような
まぁ
「
紡が地鎮祭の
(何言ってんのかさっぱり分かりません)
まぁ隣の唯も分かってないだろうと勝手に決め付けて、彼女と同じように神妙な顔を浮かべ(ながら頭の中では昨日見たバラエティ番組の面白かったシーンを再放送し)ている内に、
「……
地鎮祭は特に何事も無く終わりを告げた。強いて言うならつばきがスキピオのペロペロ地獄の犠牲になったくらいである。
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