三.意外な交友、意外な依頼

 車から降り、つばきを実体化させスタジアムへ。


「プロ野球観戦とかしたことないので、こういうところは初めてですよ!」


防犯カメラを見ている警備員のおじいさん(警備出来なそう)に一塁ベンチへの行き方を聞き、長い廊下を歩いて一塁ダッグアウトへ。監督室や室内練習場、シャワールームにロッカールームを通り過ぎて、遂に中継で見るようなエリアに到着。もちろん選手どころか競技者ですらない桃子にベンチ入りは初めての経験だが、それよりも、


「うわーっ! 広い! 野球場広い! すごーい!」


目の前に広がる夢のフィールドに野球興味無しの桃子でもテンションが上がる。


「すごいですね! この広さを越えて応援席までホームランかっ飛ばしたりするんですね! 野球選手すごい!」

「野手も内野は四人、外野は三人でこの範囲をカバーするんだからすごいですよね」


桃子とつばきがキャッキャしている横で、紡は大声で手を振る。


「こんにちはーっ!」


よく見るとグラウンドの外野の方で、キャッチボールしている二人の人影がある。相手もこちらに気付いたようで、


「ようこそいらして下さいましたーっ!」


体育会系よろしく、よく響く大声で返事しながらこちらに駆けてくる。両者は紡達とちょうどフェアラインを挟んだ辺りで対峙する。双方とも男性で、女性の一行からすると見上げんばかりに大きい。

年齢はどちらもアスリートなら大ベテランに見え、片方は若い頃それは甘いマスクだったろうという爽やかダンディで、ウィングスのロゴ入りウインドブレーカーを着込んでいる。

もう片方は口髭顎髭そもそもの顔の造形がワイルドなイケオジで、この寒い季節に上下黒地に金のラインが入ったブランドものトレーニングウェアをぴっちり着ている。

紡が軽く頭を下げる。


「お久し振りです、祖父江そぶえさん」

「ご無沙汰紡ちゃん」


イケオジの方が握手を差し出した。


「お久し振り!? つ、紡ちゃん!? プロ野球選手と知り合いなんですか!?」

「うん。こちら祖父江素樹もときさん。現役のプロ野球選手で、昔『毎日同じ悪夢を見る』って相談で関わって以来、げん担ぎの……一応メンタルトレーナーということでお付き合いさせていただいてる」

「どうも祖父江です、よろしく」

「よ、よろしくお願いします」

「なんでしたっけ、初めは自主トレで行かれてる禅寺の住職の紹介でしたっけ」

「そうそう」

「ですが、今回の依頼人はこちらの方」


紡が目を向けると、ダンディの方も一歩前に出た。


「嶋克己かつきです。ウィングスの打撃コーチを勤めております。本日はわざわざいらして下さり、誠にありがとうございます」


姿勢良く腰から四十五度の礼をする嶋の背中を、祖父江がバシバシ叩く。


「いやぁこいつ、チームが急に弱くなったんだけど、なんか変なところがあるってんでわざわざ他球団の俺に相談して来たのよ! こいつの現役時代、付き合い長かったもんで! だから紡ちゃん、俺のよしみで協力してあげて?」

「ま、代金は負けませんけどね?」

「GAHAHA!」

「Ha-ha!」


ご機嫌な二人の横で、祖父江が叩くので上体を四十五度から戻せないままの嶋が苦しげな声を出す。


「叩くな! ……まぁ祖父江の言った通りです。こいつに相談したら『スピリチュアルに詳しい人を知っているから紹介してやる』と……。確かにこいつ、陽さんと知り合った年にキャリアハイ更新してますから、実際すごい人だろうしお頼みしたいな、と……。叩くな!」


嶋の言葉に紡はゆっくり頷くと、


「ではご依頼の具体的な内容を伺いましょうか。ま、立ち話もなんですからあちらで」


ベンチの方を手で指した。






 一塁ベンチにて。向かって右から祖父江、嶋、紡。桃子とつばきは紡の後ろに座った。嶋は改めて桃子とつばきの二人を見て、


「そちらの方々も、そういうスピリチュアルなことをなさる方なんですか?」


と、顧客にしては珍しく真っ当に彼女らの存在を気にした。


「えーと、役に立つのと立たないのでセットです」

「なんと!?」


桃子のリアクションを見て祖父江が


「えっ? 大人の方が役に立たないの?」


と溢してしまい、無事桃子は激怒した。

怒る彼女を落ち着けてから仕切り直し、嶋はメモ帳を捲りながら話し始める。


「最初は来季に向けての改善点をピックアップしようとデータを整理していたんです」

「熱心なんですね」

「みんなこんなものだと思いますよ。ただ私は、シーズンの三分の二が過ぎた頃かな? 前任のバッティングコーチが更迭されて外部から呼ばれたので、チームに溶け込みたくて貢献出来ることを探してたんですよ」


嶋は更にメモを捲る。


「話戻しますが、するとビジターに比べてホームでの成績が異様に悪くて」

「ホーム? 家ですか?」

「本拠地にしてる球場です。まぁざっくり言うと、この球場で戦った試合はすごい負けてるってことです」


つばきの説明に、桃子は首を傾げる。


「勝敗は兵家へいかの常ですし、そういうこともまぁあるんじゃないんですか? 後はなんか物理的にやり辛い要因があるとか」

「天然芝と人工芝の違いとか、土の硬さとかですか? 実際ホームで勝てない球団やシーズンはよくあるみたいですけど」

「その辺は知りませんけどそんな感じです。剣道でも床の材質によって跳び込み易い難いありますよ。とにかく紡さんに頼むような案件ですか?」


嶋は首を左右に振る。


「私も最初はそう思ったのですが、細かく調べていくとまた違う結果が見えて来まして」

「違うってのは?」


気になるのか、祖父江も身を乗り出して来る。


「ホームラン数やエラーの数なら球場自体の影響もあるだろうけど、他にもこの球場だけ足自慢の選手が全く盗塁を企図すらしなかったり、ブンブン丸の選手が見逃し三振ばかりしたり、精密機械と言われるコントロールの投手が四死球増えたりと、丸っ切りプレーが変わってしまっているんです」

「なるほど」

「明らかに心理的なムラを起こしてるんです。今までは勝つにしても負けるにしてもこんなこと無かった」


嶋はメモからグラウンドに目を向けた。


「実は球団は去年までレオポンズといって違う球場を本拠地にしていました。その時はむしろホームゲームに強かったくらいです。それが今年に入って一変している。だから、新しいこの球場に何か心理的な影響を及ぼす原因があるんじゃないかと思ったんです。もちろん気持ちが慣れてないだけというのもあるかも知れませんが」


嶋は視線を紡に向ける。真剣な眼差しだ。


「なので一度、この球場の風水を見てもらえませんか?」

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