七.アタリ

「誘拐ですかねぇ。そうなると一交番勤務の私には出来ることが限られてきます」


 通れない反り橋は迂回してから元のルートに戻り、一行は一通り行方不明の少女の帰宅ルートに目を通した。

途中桃子の無線にも連絡があり、京都府警はこれを誘拐事件と判断し近隣府県とも協力する旨が伝えられた。一応桃子達地域警察にも引き続き聞き込みや捜索をするよう指示は出されたが、メインは本部の刑事警察に移ったということである。

つまり桃子は九割お役御免なのでさっさと交番へ帰りたい所存。



「収穫はありましたか?」

「無くはないかな」

「なんですそれ」

「こっちとしてはアタリはついたよ。そもそも車で誘拐されたのなら一からやり直しだけど」

「では誘拐じゃない可能性があると言うんですか!?」

「かも知れないね」


紡は決めのようにウインクをしたが、桃子にすれば全然話が決まってない。


「いやいや、珠姫ちゃんは橋の上で匂いが途切れている、橋から川に落ちた様子も無いではもう車で誘拐しかないでしょう」

「それは君らの視点でしょう。忘れたの? 私は陰陽道的観点からモノを見ていると」

「じゃあそのおんみょーどー観点だかフルーツ寒天だかが得た収穫は何なんですか」

「それには確認したいことがあるんだ。君の力が必要になる」

「私ですか?」


桃子は嫌な予感がした。だって紡が嫌な笑顔を浮かべているんだもの。






「あのー、警察のものですが、ちょぉっと防犯カメラの映像確認させていただきたくてですね?」

「はい、分かりました」


今桃子が警察手帳を見せているのは、スペアリブを飼っている家の奥さんである。既に他の警察官に散々見せろと言われたろうに、「またかよ」という態度すら見せない優しい方だ。


「そちらの方も警察の?」

「はい。私服警官です」


紡がにっこり笑うと、桃子が否定しないためかスペアリブ夫人はあっさり信じた。


(嘘だ! 身分詐称だ! 犯罪だ!)


桃子は叫びたい気持ちでいっぱいだったが、それをすると手引きした自分も道連れになってしまう。紡の指示とはいえ、今まさに職権濫用情報漏洩をしているのは自分なのだから。

バレたら終わりなのだが少し気付いて欲しいような。しかし紡が人当たりのいい笑顔を浮かべて大人しくしている内は気取られることもないだろう。


「カメラのデータ取ってきますね。どうぞ中でお待ち下さい」


夫人は二人を家に上げると脚立でも取りに行くのか裏手に回った。

あーあ、怪しい奴を家に上げちゃったよ、桃子ちょっとやるせない。






 ややあってリビングで待つ二人のところに夫人がSDカードを持って来た。どうやらこれをパソコンに繋げて映像を確認するタイプのようだ。

もう捜査員を相手に何度か披露したのだろう、手際良くデスクトップに再生する。


「あ、珠姫ちゃんが映りましたね」

「見せて」

「うぐっ」

「なるほどなるほど」

「ちょっと! 押し退けるならせめて肩にして下さいよ! 顔面押すなんて!」

「すいません。この子が立ち去る所まで進めてもらえますか?」

「はい」


抗議する桃子は華麗に無視され、カメラの映像が五十八分まで進められる。


「怪しい人が映ってないかとかですか? そういうのはもう確認済みだと思うんですが」

「うるさいなぁ。それよりメモして。二十二秒」

「二十二秒?」


画面では少女が立ち上がり、スペアリブに別れを告げて画面の外へ消えて行く。


「今の所をもう一回」

「はい」


紡は少女が立ち去る映像を繰り返し見た。


「何か映ってますか?」

「可愛い女の子と犬がね」

「んなこと聞いてんじゃないですよ」


紡はそれ以上答えず、椅子に座ったまま何度も足踏みをしている。


「お行儀悪いですよ」

「うるさい今集中してる」

「ひっ、怖」


しばらく映像を見ながら足踏みした紡は、


「ご協力ありがとうございました。引き揚げます」


唐突に椅子を経つとスペアリブ家を後にする。


「えっ、ちょっ、あ、ありがとうございました! 待って下さいよぉ!」


桃子も急いで後を追った。






 玄関に出ると紡は相変わらず足をパタパタやっている。


「何してるんですか」

「珠姫ちゃんの歩くペースはこのくらい……」

「歩くペースですか?」

「うん。後は……、まだ橋には警官達がいるのかな?」

「しばらくはいるんじゃないですか?」

「そっかぁ。邪魔だな」

「邪魔て……」

「夜にはいなくなるかな?」

「まぁお家帰るんじゃないですかね? 犬の体力の兼ね合いもありますし」

「よし、じゃあ君も一旦自分の業務に戻っていいよ」

「えっ」

「その代わり、則本さんから珠姫ちゃんの持ち物を貰って来ておいて。履いたことのある靴なら最高、無いならせめてハンカチくらいは」

「そんなもの貰ってどうするんですか。私は警察犬なんか連れて来れませんよ」

「いいからいいから。呼んだら来てね」

「はぁ」


腰の辺りで後ろ手を組みながら遠ざかる紡をしばらくぼんやりと見送った桃子。

彼女が見えなくなってから、面倒な人から一旦とは言え解放されて落ち着けるなぁと交番へ帰る桃子は、途中で致命的なことに気が付いた。


「あれ? 連絡先知らないのにどうやって呼ぶつもりなんだ?」

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