六.少年トリガー
「お茶淹れて来ますね」
木澤が応接室を出て三人だけになったので、桃子は改めて聞いてみる。
「でも私達、なんだって学校に乗り込んでるんですか」
紡は山高帽を膝に置いた。
「昨日姫子ちゃんと交番で会ったでしょ?」
「はい」
「その時の彼女、どう感じた?」
「どうって……」
桃子は当日のことを、お香が煙たかった以外も必死に思い出す。
「いつも通りでしたけど?」
「そうかそうか、やっぱり」
「何がやっぱりなんです?」
つばきのプイ族の帽子は膝の上に置いても目立つ。
「あの子、普通に大人しかったし、それどころか『本当は明るくて誰とでも友達になれるような子』って聞いてたのに、知らない大人を前に借りて来た猫状態だった。至って年齢相応、普通な感じ」
「はい」
「それで私は思ったの。『もしかしたら彼女が凶暴お転婆娘になるのは、本人の気質じゃなくて何かトリガーがあるんじゃないか』って」
桃子は手を打つ。
「なるほど! それで現場である学校に来たわけですね!」
しかし桃子はふと顎に手を当てて、
「しかしですよ紡さん。彼女は今五年生、五年間この学校に通っています。学校に原因があるなら、もっと早くからこうなっていたはずでは?」
にっこり笑ったのはつばきだった。
「だから夜中に忍び込んで学校を検分するとかじゃなくて、職員室に来たんじゃないですか」
「はい?」
不法侵入発言が飛び出たところで、木澤が応接室に戻って来た。
「粗茶ですが」
「いえいえ、とんでもない」
木澤はお茶を配り終わると、椅子に腰を下ろした。
「それで、本日は姫子ちゃんについてとのことでしたが……、もしかしてあの子の喧嘩、警察のお世話になるんですか?」
「そんなんじゃありませんよ! ね! 紡さん!」
「そこは置いといて、先生にお聞きしたいことがあるんですよ」
「置いとかないで下さい紡さん」
「聞きたいこと、とは?」
紡はメモ帳を取り出した。こうするとトンデモ黒尽くめでもちょっと警察っぽい。
「姫子ちゃんが喧嘩をするようになったのはいつ頃からですか?」
木澤は少しだけ思い出す時間を取る。
「えー、そう、確か、ちょうど一ヶ月くらい前でしょうか」
「なるほどなるほど」
紡はサッと「一ヶ月前」とだけ書く。そんな一言だけ書く必要あるのか? 桃子は口には出さなかったが、些細な情報も大切な警察官にあるまじき疑問である。
「では、一ヶ月前、何か彼女の周りで変わったことはありませんでしたか?」
すると木澤はポンと手を打って、今度はすぐに答えた。
「あぁ、そうです! ちょうどクラスに
どうやらつばきが言っていた『夜中に忍び込まずに職員室に来た理由』はこれらしい。見ただけでは分からない、土地以外の環境やその変化について聞きたかったのだ。これなら聞き込みの為に自分の警察という立場が利用されることも報われるかも、ないかも? 桃子が勝手に首を傾げている内に木澤は立ち上がって応接室から顔だけ出し、
「
と同僚を大声で呼ぶ。その時つばきが不意に
「あっ」
と声を上げた。
「どうしたんですか?」
「武くん! 武くんって言ったらいつも仲良く風車作ってる子ですよ!」
「ほう」
つばきの証言を紡は興味深そうに顎に手を当て聞いている。
ややあって現れたのは、若くてがっしりした男性教員だった。
「なんでしょう木澤先生」
「姫子ちゃんが喧嘩した時、確か三回とも川端先生が行ってくれたわよね?」
「はい。そうですが」
「確か三回とも武くんがいたんじゃなかったっけ?」
「えぇ、はい。そうですね」
瞬間、紡の目が光った。
「詳しくお願いします」
紡達は今、木澤と一緒に姫子のクラスへ向かっている。川端が言うには
「三回とも、白濱くんが他の男子に虐められてるところを助けに入ったみたいで。彼、身体も小さくて大人しいから絡まれ易いみたいです。僕達も気を付けてはいるんですが、常に見張っておくみたいなことも難しいので」
とのこと。後半の自己弁護みたいな実情は紡にとってどうでもいいようだ。彼女にとって大事なのは、
「その白濱くんに会わせていただけますか?」
いつも通り、直接見て因果を探ることである。『五の二』と書かれた札の下、開け放たれた引き戸の前で木澤が立ち止まる。
「ここがうちのクラスです。武くんいるかな?」
木澤が例の少年を呼んでいる間に、桃子はこそっと紡に聞いてみようと横を見て、
「あれっ? つばきちゃんは?」
つばきが忽然と姿を消しているのに気付いた。
「お手洗いじゃない?」
「幽霊なのに?」
「じゃあ化粧直し」
「十四歳なのに?」
どうやら紡は真面目に答えてくれないようなので桃子は質問を変える。
「武くんに会って何を見るんです?」
「それはね……」
「いました、あの子が武くんです」
木澤が教室の中を指差す。その先には、なるほど確かにひょろっとした男の子がいる。そして、
「なんか作ってますね」
「風車かな?」
隣には姫子がいて、聞いた通り仲睦まじく風車作りに没頭している。
「武くーん! ちょっと来てくれるー!?」
木澤が呼び掛けると、武は素直に作業を中断してこちらに来る。
「なんでしょうか、先生」
「あっ、昨日のお姉さん!」
なんか姫子までついて来た。
「姫子ちゃん、ちょっと今武くんにお話があるから向こうに……」
「別に構いませんよ」
紡の言葉に、木澤は頭を下げながらこちらを振り返る。
「どうもすいません。この子が白濱武くんです」
今度は少年に向き直って
「武くん、こちら警察の」
「沖田桃子です」
「
紡は偽名と共に武へ握手を求める。
「よろしくお願いします」
「……」
紡は握手に応じた武をじっと無言で見つめる。
「……紡さん?」
「……ありがとうございました。今日はもう結構です」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
桃子、木澤、武の拍子抜けした声を取り合うことも無く、紡はさっさと立ち去ってしまう。
「紡さーん!?」
「ほら桃子ちゃん、行くよ。あんまり邪魔するもんじゃない」
「す、すいません、お邪魔しました!」
桃子は慌てて木澤と武に挨拶をして、紡を追い掛ける。
「急に不自然な正論で誤魔化さないで下さいよ! 説明! 説明を求めます!」
紡はもう完全に学校から出るつもりなのだろう、コートの襟で首元を覆うとメンドくさそうに答えた。
「ちゃんとするから、まぁカフェにでも行こうよ」
「あは。サンデーが食べられるところがいいですね」
「こんな真冬に?」
いつの間にか帰って来ていたつばきが笑った。
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