五.頭がワッパッパー

『桃子ちゃーん、調子はどーおー?』

「寒いでーす!」

『そういうこと聞いてるんじゃないんだよ』


桃子は再度甲板に上がっている。相変わらず海風が冷たい。無線から聞こえる紡の声はお気楽だ。


『じゃあぼちぼち始めて』

「何をですか」

『何か冒涜的なこと』

「はぁ?」


桃子が甲板にいるのは紡が言っていた『誘い』、早い話が囮である。金子の霊に桃子を襲わせて、それを物陰で待機中の紡が現行犯逮捕、嶺井はモニターでサポートという計画である。

この作戦を聞いた時桃子は


「私死にやしませんか?」


当然不安がったが紡は、


「つばきちゃん憑いてるでしょ」


と返したのでちょっと安心した。そしてつばきが


「よく分からないけどお任せ下さい」


とか胸を張ったのでめちゃくちゃ不安になった。






「冒涜的なことってなんですか」

『色々あるでしょ。考えて』

「プロ幽霊つばきちゃんはどういうことされたら冒涜だと感じます?」

「『おばけなんてないさ』を歌って踊るとか?」

『いいねそれ』

「それ絶対あなた方が指差して笑いたいだけですよね?」


とは言え、特に他の冒涜的行為というのも思い付かない。


「『(J◯SRAC対策中)〜♪』

『踊りもつけて』


『おばけなんてないさ』を歌いながら盆踊りっぽい動きをしたり、


「『(J◯SRAC対策中)〜♪』

「キレが足りませんよ!」


『オバケの◯太郎』を小学校以来のソーラン節と共に披露したりしたが、


「……」

「……」

『……』

「あっ」


何も知らない乗組員達にドン引きの眼差しを向けられるだけで、肝心の霊からは鼻で笑う程のリアクションすら得られなかった。桃子の精神と体力の限界、紡も共感性羞恥の限界、何より嶺井から


「洗濯ルームで黒い影が出ました」


という無意味だった宣言もあって、この作戦は三十分で打ち切りとなった。






「なんてことしてくれるんですか!」


夜。ここは『なか』の艦内、陸に上がっている女性乗組員が供与してくれた寝室である。夜中に何かあるかも知れないということで、紡がホテルではなくこちらに宿を求めたのだ。ちなみに桃子は気味悪がって嫌がったが、


「ホテルの予約はしてないよ」


と言われたので泣く泣く怪奇海上ホテルに素泊まりゼロ円となった。


「あんな辱め! 頭アッパッパーみたいな……!!」

「あは。お嫁に行けませんね」

「元から行けないでしょ」

「ギィィィィ!!」


桃子は怒りに任せて、実体化しているつばきのに手を伸ばすと、敢えなくペシッと叩かれる。それを横目に紡はタブレットで映像を見ながら外で買って来たハンバーガーを齧る。


「また映画ですか?」

「いや、今日一日のカメラの映像を、影が出たり事件が起きたところだけに編集したやつ」

「編集が速い」


あの後日が暮れるまでモニタリングしたが、結局目立った事故は無く黒い影にも遭遇出来ず解散になった。そこからずっと紡は映像を確認している。


「そんなに何度も見て、面白いですか?」

「面白いで見てるわけないでしょ。桃子ちゃんがあんな頭悪いことしても揶揄からかいにすら来なかった奴だ、黒い影やらのシーンを見て、出て来る条件を掴めないものかと」

「やっぱり頭悪いと思ってやらせたんですね!? 虐める!」

「静かにしてよ。他の部屋に迷惑でしょ」

「ぐうぅ……」

「桃子さん食べないなら、私が全部食べちゃいますよ?」


桃子の背後で、チキンとエビ計二個のハンバーガーを平らげたつばきが袋をゴソゴソやり始めたので、桃子は慌ててそちらに戻る。


「どんだけ食べるつもりですか」

「サイドメニュー付けてないので」

「それでもですよ」

「あは」

「本気出したらアボカドワッハ⚪︎ー二つ食べる子に愚問だよ」


紡は相変わらずこちらを見ずに言葉を挟む。桃子はテリヤキを取り出しながらつばきのお腹を見詰める。


「何人の胃袋なんですか……」

「アボカドアッハーくらい軽いものですよ」

「そんなハンバーガー、つばきランドにしか存在しませんよ」

「つばきランドが存在しないよ」

「もっとバーガーキ◯グ増えませんかね?」






 その後も他愛も無い話をしている内につばきは眠り、桃子がゲームの実況動画を見終わった頃には紡も


「何も分からない。なんの成果も上がらない」


と不貞寝するところだった。ちなみに紡はプラウドワッハ⚪︎ーが好きらしい。






 翌朝。


「おはようございます。どうでしょう、解決しそうですか?」

「現時点ではまだなんとも」

「そうですか……。本日は艦長室に詰めておりますので、私に用があれば遠慮無くいらして下さい」


またさり無く女性の相手を嶺井に押し付けた源田を見送ってから、食堂でモニタリングである。今日は桃子に奇行をさせることもなくダラダラ画面を見ている。


「あ、また医務室前に人が来ましたよ。この人昨日散々掲示板見てたのに」

「食堂でもコーヒー飲めますけど、医務室には船医私物のサイフォンがあって誰でも使っていいことになってるんです。だから豆を持ち込んではああやって健康なのに医務室通いする奴がいるんですよ」

「なるほどですねぇ」


桃子が適当に相槌を打った直後だった。

彼女の視界の端で、机の上のマグカップが少し動く。


「あれ?」


気のせいかな? と思った束の間、



急に大地震でも起きたかのように艦が揺れ出した。



マグカップどころか食堂中の机や椅子がひっくり返ってピンボール状態である。


「なんとぉぉ!?」

「舌噛むよ!」

「あはぁぁぁ!」

「今の声誰!?」

「気の所為!」


暫く経って揺れは治まったが、


「あー……、モニターが」

「壊れましたか?」

「いや、映ってはいるけど」


捜査本部のモニタリング設備がグチャグチャにひっくり返ってしまった。またセッティングし直さなければならない。嶺井が机を立てている間に桃子もよっこらモニターを持ち上げて……


「あ!」

「どうしたの」

「さっきのサイフォンさん! なんか蹲ってますよ!? 頭でも打ったんでしょうか」


画面には桃子が言った通りの光景が。


「急ごう」


紡達は医務室前へ向かった。

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