四.怪奇モニタリング

 桃子はつばきを肩に引っ掛けて甲板に出ている。この季節にはもう海風が寒い。紡はと言えば喫煙所に行ってしまった。


「艦内にあって便利だね」


とご満悦だった。

ではなんでそんな暇なことをしているかと言うと、


「沖田さん」


嶺井が桃子に呼び掛ける。


「あ、どうも」

「準備が出来ました。陽さんが呼んでおられますよ」

「ありがとうございます」


ただの準備待ちであった。






「やぁ桃子ちゃん。潮風はお気に召したかな?」

「夏に言って下さいよ」


食堂にて。紡はたくさんのモニターを前に、左膝に右足、その上に左肘で頬杖というスタイルで椅子に座っている。

モニターに映っているのは艦内のあちこちの様子である。彼女達が待っていた準備とは、基地の広報にありったけカメラを借り、それを配置してモニターに映るようにするセッティングだったのだ。


「なんか心霊番組みたいなスタイルになりましたね」

「広い艦内を何処に出るか分からない影とエンカウントするまでグルグルは賢くないね」

「別に紡さん普段からあまり賢いやり方してなくありません?」

「よぉし艦内マラソンして来い」

「勘弁して下さいよ」

「ナッハッハッハッ!」


二人のやり取りを聞いて、嶺井は何がそんなに面白いのか問い詰めたくなる程爆笑している。


「でも、亡くなった乗組員さんがいるんでしょう? その亡くなった場所とか、お住まいだった部屋とかに行った方が早いのでは?」

「セッティング待ってる間に行ったけど、なんにも無かったよ。そもそも艦内中で怪異を起こしてるんだから一ヶ所に留まってるとも思えない」


紡はモニターの角度を少し動かした。


「ま、どの道しばらくは待ちになると思うけど」






 その後何も映らず他に何が起きたという報告も無いまま、食堂と喫煙室を往復していた紡が帰って来なくなったのを連れ戻しに行ったり、付き合いよく一緒にいる嶺井が食堂のコーヒーを飲み過ぎカフェインでダルくなったり、つばきが気を抜いてうっかり半透明で姿を現し嶺井をビビり散らかせたりして二時間程過ごした頃。


「あっ!」


桃子が急に大きな声を出し、驚いた嶺井が椅子からずり落ちた。


「どうしたの桃子ちゃん」


タブレットで映画を見ている紡が「邪魔するな」とでも言いたげな顔をする。


「なんですかその顔は! 念願の影が通ったんですよ! 今! そこ!」

「何処」

「このカメラ!」

「人が立ってるだけじゃん」

「それは医務室前の廊下に仕掛けたヤツですな」

「そっちじゃなくてこっち!」

「そっちはシャワールーム前の廊下ですな。……金子が死んだ」


嶺井の言葉に桃子はヒートアップする。


「聞きましたか紡さん!? やはりここに乗組員さんの霊が!」

「はいはい」


三人(実はつばきもいて四人)でモニターを覗き込むも、


「何も映ってないじゃん」

「さっき映ったんです!」

「ほんとぉ?」

「なんで懐疑的になってるんですか! 朗報でしょう! もっと食い付いて!」

「待ち時間長くて疲れちゃった」


紡のタブレットを覗き込んだつばきが桃子に耳打ちする。


「この人映画が面白いところに入ったから」

「なんと!」


桃子は紡の腕を持ち上げる。


「さぁ! さっさと行きますよ!」

「これで何もいなかったら承知しないよ?」

「もっとやる気出しなさいよ!」

「へいへ〜い」

「はいもへいも一回!」

「ウェ〜イ」

「やる気無い大学生ですか!」

「んなっはっはっ!」


またも嶺井が大笑い、こいつ絶対笑いのツボが浅い。






 そういうわけでシャワー室前まで来た一行だが、


「どうですか紡さん? 何か感じますか?」

「『感じますか?』って言ったら艦に乗った時からずっと異様な雰囲気はあるんだけどね」

「やっぱりありますか!」


嶺井は何かいるのが嬉しいわけではないだろうが興奮気味だ。


「でも逆にここが一際何か感じるとかはありませんね。やっぱりもう移動した後かな」

「紡さんがモタモタしてるから!」

「じゃあこれからは艦の上下端から端まで桃子ちゃんに現場急行してもらうとするよ」

「そうやってすぐ虐める!」

「とにかく、一旦食堂に戻りますか」






 そこからはまた待ちの姿勢である。黒い影が現れないし事件も起きないので、ただただ居残り自衛官のモニタリングになっている。


「また医務室の前に人がいるよ」

「航海中じゃないんで船医はいないんですがね、彼がそこの掲示板に色々貼るんですよ。学校の保健室に貼ってあるような栄養表からコラムみたいなのまで。それで、持ち込んだ本とか娯楽が尽きた連中はあそこに流れ着くんですよ」

「なるほどですね」

「紡さんも読んでみたらどうです? お酒と煙草を控える決心が付くかも」

「そこに影が出たら桃子ちゃん一人で行ってね」

「なんと」


半ばダラダラとモニターを見ていると、


「ん?」


紡が身を乗り出した。


「どうしたんです?」

「そこのモニター」


紡が指差した画面では、甲板で乗組員の一人が右側頭部を抑えてうずくまっている。


「なんと!?」

「現場に急ごう」

「ヨーソロー!」


嶺井は折り目正しく敬礼をして真っ先に走って行った。






「モップで甲板の清掃をしていたのですが、離れた位置に置いてあったはずのバケツが何故か頭に飛んで来て……」


甲板で蹲っていた青年はどうやら無事そうだ。出血も内出血もしておらず、喋りもしっかりしている。


「そうか、よく分かった。念の為基地内の医務室で診てもらって、必要だったら病院に行け」

「はい」


嶺井は青年の友人だという乗組員を呼んで付き添いをさせ、艦から降ろした。この辺りの判断や差配が迅速な辺り、気が良いだけではない頼れる副長のようだ。


「紡さん、何か感じますか?」


つばきが小声で尋ねるも紡は、


「もうここにはいないようだ」


力無く首を左右に振った。桃子が青い顔で騒ぎ立てる。


「紡さん! ポルターガイストですよ!? マジにヤバい奴です! しかも頭部なんて危険な!」


紡はゆっくり頷くと取り敢えず桃子の肩を叩いて宥め、嶺井に提案する。


「取り敢えず食堂に戻って確認してみましょう」






 一同は食堂のモニターの映像記録を確認してみる。


「うーん……」

「これは確かに……」

「しかしこれだけでは……」


画面では確かにバケツが飛んで来て青年の頭に当たっている。しかしそもそもバケツが画面外から飛んで来ているので、勝手に飛んだか誰かが蹴飛ばしたのかは分からない。

だが現にこういう事件があって、今までも事件があったわけで。取り立てて疑う余地も無い。


「しかしこうなると、重大な怪我人が出て来るのも時間の問題ですよ?」

「実際海に落ちた乗組員もいます。命が危険なレベルではあります」

「紡さん、どうしましょう。早くなんとかしないと!」


紡は暫く画面を見ながら腕を組んでいたが、やがてポツリと呟いた。


「ちょっと誘ってみるか……」

「誘う?」


桃子と嶺井は理解出来ていない顔を見合わせた。

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