三.桃子の価値は

 一行は応接室を後にすると問題の『なか』へ。本当はまだ応接室で細かい話を聞いておくべきなのだろうが、源田があの様子では進み難そうだから仕方無い。

道々たくさんの自衛隊員の方とすれ違う。彼らがその都度源田に敬礼するので、桃子は警察の癖で答礼してしまう。それを見た源田が、


「綺麗な敬礼をなされる。自衛隊におられた経験が?」


興味深そうな目線を向けてくる。どうやら年頃の娘が相手でも、自分の領域の話題なら自然と振れるようだ。根っからの自衛隊員なのだろう。


「いえ、当方警察官でして」

「ほぅ! 警察官!」


源田は意外そうな顔をすると小声で


「それは安心だな」


と口の中で呟いた。


「何か?」

「いや、何も」

「絶対何か言いましたって」

「何も」


諦めが付かない桃子は肩のつばきにコソコソ話す。


「艦長絶対何か言いましたよね?」

「あは。『安心だ』って」

「安心!」

「どう見ても『困ったら拝み屋に相談』って感じの人じゃないでしょ。多分人に勧められてってとこ。だから正直懐疑的なんだよ私に対して」


紡がコソコソせずに堂々入り込んで来る。聞こえているのだろう源田の背中がちょっと縮んだ。


「そこに警察官の桃子ちゃんがいる。つまり最低でも詐欺師でないことは保証されたわけさ」

「なるほど」

「まぁこの生業なりわいではよくあること」


源田の図星感と申し訳無さを示すように、彼の歩きが少し速くなる。


「じゃあ私のおかげで紡さんのJ○S規格が保証されてるんですね?」

「私ゃ大豆ミートかなんかか」

「いつも私のことをいらない子扱いしてますけど撤回ですね! どれだけ私に助けられているか! 感謝して下さい! 貴方はもう私無しでは仕事が出来ない!」

「んなことあるかい。調子乗ってると海に沈めるぞ」


紡は桃子にヘッドロックを掛ける。


「ぐええ」

「あは。桃子さんだと定置網で引き揚げられてもJ○S規格通らなそうですね」

「なんと! 私の方が『ル◯ン三世』みたいな足首してる紡さんより女性的な肉付きで美味しいですよ!?」

「んなに細くないわい!」

「ぎええ」

「あの……」


ぐちゃぐちゃ戯れている一行に対して、源田が変なものを見る目を向けている。


「こちらが我々の艦、『なか』です」


そこにはコンパクト化したと言ってもやはり立派な船が佇んでいる。






 タラップの手前で敬礼する巨漢がいる。


「ようこそいらっしゃいました! 『なか』副長の嶺井健気であります! 健気けなげと書いてケンキであります!」


ちょうど紡達と源田の間くらいの年齢だが、源田の五倍はハキハキしている。


「丹・紡・ホリデイ=陽です。陰陽……」

「おお! 別嬪さんだ!」


紡が言い終わらない内に嶺井は片膝を突いた。


「お嬢さん。今夜美味ーい海鮮でも、如何ですか?」


桃子は紡が嶺井を蹴飛ばすんじゃないかと慌てたが、そうなる前に源田が威厳ある声を出した。


「嶺井、我々の問題を解決しに来て下さった方に無礼を働くな。そもそもお前は半舷はんげんに当たっていない」

「はっ! 失礼致しました!」

「半減って何が半減してるんです?」

「あは。こういう船の乗組員は、港に帰っても半数が宿直しないといけないんですよ」

「あれま、普通にお休み出来ないんですね」


源田はボソボソ独り言を言っているように見える桃子を訝しげに見ながら、嶺井の肩をポンと叩いた。


「彼女らの案内はお前に任せる。私は基地の方にいる」


そして紡達に向き直ると、


「では、どうかよろしくお願い致します」


敬礼して建物の方に戻って行く。それを見送った嶺井は、ニカッと笑い、タラップの先に手を広げた。


「ではご案内します。艦へどうぞ」


そうして先導しタラップを上る嶺井の背中を見ながら、桃子はコソッと聞いてみるのだった。


「紡さんさっきナンパされてましたけど、あぁいうガテン系どうなんです?」

「嫌いじゃないよ。好きじゃないけど」






 ここは『なか』の食堂。そのテーブルの上で嶺井は大学ノートを開く。


「えー、ここに乗組員からの訴えをまとめてあるんです」

「意外とマメなんですね」

「ナハハ!」


桃子の失礼発言も笑って済ませる大らかさが、余計この小マメさに似合わない。


「桃子ちゃんとお似合いなんじゃないの?」

「なんと」

「いくらか読み上げますね。『廊下の角で黒い影を見た』」

「紡さんこの人紡さんはナンパしといて私とお似合いとかは無視する!」

「はいはい良かったね」

「はぁ!?」


桃子はギャアギャア騒いでいるが、嶺井は同一人物かと疑う程真面目になっている。あるいは職業上『報告する』という行為に頭が切り替わるたちなのかも知れない。


「この『黒い影系』は他にも機関室、食堂、トイレ……、とにかくあちこちで見られています。また、時間や明暗もバラバラなので、目の錯覚かどうかは……」

「他にはどういうのがありますか?」

「『置いていた備品が勝手に移動していた』『寝ていたらベッドから落とされた』あ、これも個人の寝相ではなく多数が経験しています。今や『なか』では大体の乗組員が最初から床で寝る程」


桃子の背後で小さく「疲れ取れ無さそう」と声がする。さすが幽霊なのにぐっすり眠るお方は感性がこちら側。


「あとは『勝手に砲塔が動いた』『波は穏やかなのに船体が大きく揺れた』『海に引っ張られて落ちた』など……。こちら、差し上げます。何か参考になるかも」

「ありがとうございます」

「あとですね……」

「なんでしょう」


嶺井は声をひそめて紡に伝える。


「実は、航海中に乗組員が一名事故で亡くなっておりまして……。問題が起きるようになったのもそれからでして」

「……なるほど」


紡は受け取った大学ノートを鞄に仕舞った。桃子が彼女の顔を覗き込む。


「紡さん、何か分かりますか?」

「うーん……」


紡は顎に手を当てて少し考えると、


「その人の仕業か他に複数住み着いてるのかは分からないけど、少なくとも船体を揺らせる程力持ちなのがいるってことは」


少なくとも嬉しくはなさそうな表情をする。


「だとしたら無茶苦茶手強いじゃないですか!」

「うん」


しかし逆に、紡はそこまで深刻そうにもしない。スッと椅子から立ち上がると、お気楽に言い放つ。


「まずはよく観察しよう。黒い影にも会ってみないことには」

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