急.

「言霊? 知ってますよ? 適当に言ったことが現実になってしまうアレですよね?」

「そう」


紡邸のリビングには珍しく、少し真面目な空気が流れている。紡はビールを注いだグラスの縁を指でなぞる。


「『占いと相性が良くない』っていうのは『たくさん占いを浴びている』と一緒だよ」

「そうなんですか? こっくりさんみたいな、無意識にマイナスの方向へ引っ張られるみたいな……」

「それはもちろんあるよ」


紡はグラスを一旦干してから続きに入る。


「でも本人も『気にしないタイプ』って言ってるし、それ以上に問題なことがあるんだ」

「問題なこと?」

「言霊、ですよ」


つばきが椅子から立ち上がりざま、桃子に囁く。


「そう。占い自体は『当たるも八卦はっけ、当たらぬも八卦』そんなもの。だけど私みたいなのが占いをやると、それはほぼ当たってしまう」

「まさか、占った内容が言霊に……」

「もちろん能力があってそもそもの確度が高いというのもあるけどね。だけどそれと同じくらい、言霊を引き起こす能力も持ってしまっている。だから私がもし『あなたに危険が迫っていますよ』と占ったら、それは相手が危険な目に遭うように『呪』を掛けているのと同じなんだ」


紡は目線を窓の方に逸らした。そこにつばきが缶ビールを二本持って戻って来る。


「それで紡さん、占いをしたがらなかったんですね」

「もちろん紡さん程なら、相手が『呪』に掛からないように抑えることも出来るんですよ? ある程度は」


つばきはフォローを入れつつ缶ビールを桃子に渡し、しかし辣子鶏を見て少し声のトーンを落とす。


「でもいくら紡さんや相手が『気にしない』と言って唐辛子や花椒をり分けても鶏肉に麻辣が残っているように、そこには必ず占いの影響が残るんです。そう言えば糖質オフビールでも糖質は残ってる、なんて話もしましたね」

「あぁ……」


紡はグラスにまたビールを注ぐ。


「でも、力のある占い師はそういうことが出来るし、普通の占いにはそれだけで人をどうこう出来る程のパワーは無い。だからさして何事も無いんだけど、問題は彼女のように過剰に占いに触れている場合……」






 日和は横断歩道で信号待ちをしている。ここの信号は捕まると長いで有名なので、日和はスマホを取り出して友人から連絡が無いか確認する。通知画面には何も無く、アプリを開いてもそれは一緒だった。


「途中経過くらいさぁ……」


日和は呆れてスマホを仕舞おうとしたが、せっかく開いたのだからと先程とは違う無料占いサイトを開いてみる。夢占いのサイトに昨日見た夢を打ち込んでいると、


『ピッポー! パパポー!』


信号が青に切り替わったようだ。日和は夢を打ち込みつつ歩道を渡り始めたところで


あれ? こっちの横断歩道は鳥の鳴き声みたいな奴だったような……



プアアァァーン!



日和が思考を引き裂くような音に顔を上げると、そこには大型トラッ






「触れている場合、なんです?」


桃子の問いに紡は目線を彼女に戻した。


「それこそ糖質オフビールでも飲み過ぎたら結局太るように、いくら一つ一つの占いの『呪』としての力は弱くても、たくさん聞けば話が変わってくる」


紡は椅子から立ち上がって、窓の方に向かう。つばきが言いたがらない紡の代わりに言うかのように、桃子に囁く。


「もし、もしですよ? 複数の占いが偶然同じような、それも悪い結果を出したとしたら」

「えっ? あっ! それって……!」


桃子は紡の方を向く。


「そんなことがあったら! 紡さん! どうして中田さんに占いのやり過ぎは危険だって止めるように言わなかったんですか!?」


振り返る紡は冷淡な顔をしていた。



「無駄だもの。だって、彼女言ってたでしょ? 『都合の悪いことは気にしないタイプ』って」






 大通りに救急車のサイレンがこだまする。ある人は野次馬となってキープアウトされた現場を覗き込み、ある人は逆に目を逸らす。

救急車が到着し隊員がバタバタ降りて来る中、トラックの運転手はある一点を呆然と眺めている。

そんな隊員達や運転手、野次馬達の目線が集中する場所。

救急車のサイレンに照らされるそこには、真っ赤に塗られたアスファルトと力無く投げ出された女性の腕、そしてその延長線上に


『何か大きな事件や出来事が迫っている兆しがあります。無駄なアクションは控え慎重に……』などと占いの結果を表示する、画面が割れたスマホ。






「そう言えば、紡さんが中田さんにした直近最後の占い……」

「あぁ、『どういう年末になるか』だっけ?」

「あれ、『病気や怪我をするかも知れないから気を付けろ』でしたけど、あの人、大丈夫ですかね?」

「さぁ?」


桃子の問いに対して、紡は急に軽いノリ、というか投げ遣りな感じで首を傾げ、窓を開けて煙草に火を点けた。彼女は紫煙と一緒に吐き出す。


「彼女の年末なんて、真っ暗で何も見えなかったよ」

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