七.辣子鶏と占いの食べ方
その日日和は午前十時頃に目を覚ました。今日は仕事が休みなのだ。友達と遊びに行く予定もある。正直最近の占いの結果では「大人しくしておけ」と散々言われたところだが、
「気にしない気にしない。都合の悪い占いは無視するのが作法」
前々からの約束でもある。当日になって「ちょっと占いが良くなくて……」も褒められた話ではない。ちゃっちゃと出掛ける準備をして、
「……」
一応タロットを引いてみた。
「『塔』の正位置……。『災難』『崩壊』『トラブル』『不安』……」
その日桃子は休みで、昼間っから紡邸に入り浸っていた。なんなら今から昼食もご馳走になるつもりである。キッチンからはジュアア! という威勢の良い音と香辛料の刺激的な匂いが届けられる。
今日は中華らしい。マジ中華系の紡が張り切って、珍しくつばきにも手伝わせずに中華鍋を振るう。暇な二人は出来上がるまでの間、インディアンポーカーをしながら時間を潰す。
「辛そうな匂いしてますね。流石中華系」
「あは、
そうこう言っている内に料理が出来たようだ。紡が大皿を持って来る。そこにあるのは揚げ鳥と大量の……
「げっ! なんですかこの鬼盛り唐辛子は!? 私なんか悪いことしました!?」
揚げ鳥より多い唐辛子と、存在感を放つ山椒のような粒。
「
「ホアチャー?」
「くだらないこと言ってると食べさせないよ」
「で、これはなんていう料理なんですか? シンプルに拷問?」
「
「あ、食べ物なんだ」
「当たり前じゃ」
人数分白米を並べ
「いただきまー……」
桃子が恐る恐る箸を伸ばしたところで、
「ストップ!」
紡が大声で遮る。
「な、な、な、なんですか」
「そのまま食べると死ぬよ」
「死っ!?」
「この料理、と言うか、いくつかの四川料理はこの唐辛子と花椒は食べない前提で作られてる」
「えっ、刺身のタンポポみたいなもんですか?」
「あれは元々菊で食べますよ?」
「えっ?」
紡は箸で唐辛子と花椒を
「これをそのまま食べたが最後、辛味と痺れ、所謂
「なんでそんな危険な料理作るんですか。せめて最初から分けといて下さいよ」
「ロマンの無い奴だな」
「ロマンに散るのは男の子だけでいいです!」
桃子はしれっと取り皿に花椒を混入させようとしてくるつばきを現行犯逮捕した。
ここは電車の中。日和は待ち合わせ場所に向かって揺られていた。スマホの画面にはメッセージアプリ。今日会う予定の友人からだ。
『ごめん。ちょっと遅れるかも!』
どうやら友人は寝過ごしたらしい。
『気にしないで。ゆっくりでいいよ』
日和は連絡を返しスマホを閉じようとしたところで、
「あ、今日の占い」
日課の血液型占いと星座占いのチェックをしていなかったことを思い出した。占いアプリを起動して内容をチェックすると
『B型:恋愛運☆☆☆ 仕事運☆☆☆☆ 健康運☆』
『獅子座:お出掛けする時は気を付けよう』
「うーん……都合の悪い占いは無視!」
日和は結果を消し去るようにスマホを鞄に仕舞った。
「うん! 程よくピリ辛で美味しいですね!」
「でしょう」
紡邸の食卓。最初こそ見た目のインパクトに押された桃子だが、辛い具材を除けて食べるとちょうど白米が進むレベルの旨辛で揚げ鳥もジューシィ。身体が熱くなるのに追い立てられるように次の一口次の一口と食べ進め、お代わりの白米を茶碗に装ってきたところで、桃子は一つ気になっていたことを聞いてみる。
「ところで紡さん」
「はぁい」
「色々聞きたいことがあるんです」
「言ってごらん」
紡は昼間から缶ビールを開け始めた。
「あの……、あまり紡さんが言いたくなさそうな感じだったので聞かないようにしてたんですが、やっぱり気になって。言いたくなかったらそう言って下さい」
「はいはい」
紡は暢気にビールを呷るので、桃子は意を決して切り出した。
「紡さんが占いをやりたがらない理由です。あの中田日和さんに関して『占いと相性が良くない人がいる』とか『私みたいなのは読み解いたことを伝えるだけでは済まないこともある』とか『あの人はたくさん占いを浴びているから』とか……」
紡の表情が明らかに無になる。彼女はビールを置くと、ボソッと切り出した。
「言霊って知ってる?」
駅の改札を出て往来へ。日和はもう一度スマホを確認した。友人からはあれから連絡が無い。ということはやはり遅れるようだ。なら待ち合わせ場所にはのんびり行っても大丈夫だろう。日和はちょっと立ち止まってネットの無料占いサイトを使ってみる。生年月日を入れて占ってみると、今年一年の運勢が。もう終わるので一気に下までスクロールすると、
『年の暮れは健康に注意せよ』
「ふーん。……死ねっ」
日和はスマホを鞄の中に投げ捨てた。
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