六.年末如何お過ごしますか

 今年ももう半月はんつきを切ったかという頃、日和はまた紡の店に来た。要件は当然占いである。結局プロジェクトは紡の言った通りの帰着をしたようで、ますます信頼度を上げてのご来店だった。

紡は気乗りしない態度を隠そうとしないながらも、ちゃんと客としての対応をしている。その横で桃子は、


「私だったら五千円ありゃ焼き肉行きますけどね」

「奢って♡」

「食べ放題なら……」


なんて会話をつばきとしている。


「今回は何を占いましょうか?」

「えーと、じゃあ、もう年の瀬ですし、どんな年末になるかなーって」

「かしこまりました。形式にご要望はありますか?」

「じゃあ水晶で!」


そうしてハンドボールサイズの水晶玉を撫でる紡が出した結論は


「……聞きますか?」

「もちろん」

「……そう。では申し上げますが、そうですね。こういう時期こそ気を引き締めて下さい。調子に乗ると病気や怪我に繋がるかも知れません。とにかく慎重に、万事気を付けて余計なことはせず、大人しく来年に備えられるが吉です」

「はい!」






 日和の帰り際、玄関で見送る紡はポツリと尋ねた。


「中田さんは、最近も色々占いにっておいでですか?」


対する日和は何故か笑顔のガッツポーズ。


「えぇ! お陰様で最近は『占いってやっぱりすごいな!』ってますます傾倒中! 色々調べたりあちこち通ったり自分で占ったりしてますよ!」

「……なんと言うか、趣味に生きる人生って充実してますねぇ」

「あは。焼き肉食べ放題よりもですか?」


日和を何処か眩しそうに見る桃子の隣で、紡は黙って手を振り見送った。






 数日後。いかにもベンチャー企業といった風情の小綺麗で、ともすればカフェに見えなくもないオフィス。

そのバランスボールが椅子代わりのデスクに向かって日和はキーボードを叩いている。


「ぐぅああぁぁ〜……!」


ライオンみたいに豪快な伸びをして時計を見ると、ちょうど終業時間といったところ。日和はノートパソコンを閉じる。大きなプロジェクトが終わり、後は年末に向けて細かい事務処理を残すばかりとなった彼女。期限までに書類が間に合えばいいので、ここのところ残業からは解放された日々であった。多分申請したら在宅ワークの許可も出る。家では集中出来ないのでやらないが。


「じゃあ私帰るね。お疲れ様〜」

「お疲れ様〜」


パソコンを鞄に仕舞い、横で糖分凄そうなミルクティーを飲みながら作業している同僚に手を振ると、他の同僚にも挨拶をして日和はオフィスを後にした。






 駅を目指して夜の街を歩く日和。早く帰れるのはいいのだが、独身彼氏無しの彼女はそうしたところですることと言えば、好きでもないバラエティをBGMに友人と長電話するくらいしかない。

だが友人達は残業していることが多く、この時間から相手なんかしてくれないことの方が多い。


「時間潰して帰るか」


今早く帰れるのはプロジェクトを完遂したおかげ。ということで自分へのご褒美にワインバーとか行ってもいいのだが、正直お酒はチームの打ち上げで散々飲んだので暫くは一人飲みしてまで欲しいとは思わない。

となると、


「年変わる前に顔出しとくか」


日和の足は梅小路うめこうじ界隈に向かった。






「いらっしゃい」


日和を迎えたのはアラビアンな格好でバブル時代の残存兵みたいなエメラルドのアイシャドウ眩しい中年女性である。彼女は『占い館 釣魚台ちょうぎょだい』の主人であり、日和行き付けの占い師である。


「こんばんは、尚子しょうこさん」

「今日はまた、何を占って欲しいのかしら?」


椅子に座る日和の前に、尚子は水を張った盆を取り出す。これが彼女オリジナルの占いに使われる商売道具なのだ。


「えーと、まぁ、年内に顔出しとこうっていうのが一番ですけど……。あ、じゃあ『新年迎えるに当たってどういう年末の過ごし方すればいいか』でお願いします」

「年末の過ごし方、ね」


尚子は釣り糸を取り出しゆっくり水面に落とす。その波紋や糸の様子で占うのだと言う。この間息で波紋が変わりでもしたらパーなので、客が一緒に覗き込むような真似は許されない。


日和は息を殺して尚子の言葉を待っているが、なかなか結果が伝えられない。元より糸がどのような形になり、どう流れ、そして形は変わるのか否かとか読み取りまでが長い占いだが、どうにも今日は尚子が悩ましい顔のまま進まないのだ。

尚子が顔を上げたのは、糸が盆の縁に張り付いて、言わなくなってから三分程経った頃である。


「尚子さん?」

「そう、ね」


尚子は顔の前まで掛かるヘッドドレスのシースルーの布を掻き上げる。


「年末だからって羽目を外し過ぎると、身体を悪くして来年のスタートに差し障るわ。大きな仕事も終わったんでしょう? ゆっくり休んだ方がいいのかも」

「そうですか……」

「そうね」


日和は少し眉を険しくする。


「この前尚子さんに場所を教えてもらった占い師さん。あの人にも同じようなことを言われました」

「陽さんね」


尚子は糸を盆から摘み上げる。日和はハッとした表情で口元を押さえた。


「あっ、やっぱり、他所の占い師の話とかするのは失礼でしたか?」


尚子はふっと笑ってヒラヒラ手を振る。


「気にしなくていいのよ。それより早く帰って休みなさい。占いはそう言っているわ」

「はい」


半ば追い立てられるように日和は席を立った。






 屋外に出た日和は『占い館 釣魚台』の看板を見る。正直言ってかんばしい占い結果ではなかったように思う。しかし、


「まぁいいや。気にし過ぎるのが一番良くないって言うし。私、都合の悪い結果は気にしないタイプ!」


日和が夜空を見上げると、冬らしい寒く冴ええとした月が見える。

夜空がこんなに綺麗なのに、悪いことなどあろうはずも無い。

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