五.ではやってみましょう

 つばきが持って来たのは、大きな正方形の文字がたくさん書かれた板の中心に、北斗七星と文字が書かれたドームみたいなのが載っているものだった。


「なんですかそれは?」

「あは。『天盤』と言って……」

六壬神課りくじんしんか! 陰陽師だったんですか!?」


日和のテンションが高いので桃子もつばきも思わず閉口する。こういうのを説明したがりな紡も何も言わず、日和に何やら日時とかオフィスの位置とか聞きながらドームをゴリゴリ回し始めたので、桃子に分かったのは『陰陽師が使うモノ』と『こいつ動くぞ』ということだけだった。






 その後、部屋の隅では何してるのか今一つ見えない作業(つばきが「十二天将を配置している」とか教えてくれたが桃子にはなんのことやら)を終えた後、紡は少しずつ語り始めた。


「えー、まずは正確性の確認の為にお尋ねしますが、まずは三伝さんでんにおける初伝しょでん。ここでは今回の場合、『あなたがこのプロジェクトに取り組む切っ掛け、かける願望』などが出ます」

「はい」

「星では『貴人きじん』、六親りくしんでは『官鬼かんき』が出ています。これは両者とも『出世』や『昇進』の意味を持っています。また、十二天将の主神たる『貴人』には『キーマン』の象徴もあり、『官鬼』には『上司』の意味もある。つまりあなたが発起人、もしくはプロジェクトの重要な位置にいるはずですが、よろしいですか?」

「はい!」


「ま、仕事のプロジェクトなんだから大体そうでしょう」

「変なこというとティーポット飛んで来ますよ?」

「何それ怖い」


内容としてはコールドリーディングの域を出ないが、ランダムな数字から出た結果がバッチリあっているのはすごいところだろう。何より日和本人が嬉しそうなのでなんでもいい。


「次に中伝ちゅうでんでは『白虎びゃっこ』と『兄弟けいてい』。あなたの現状や途中経過を示しますが、えー、『白虎』は『決断』や『早い』、『非情』にして『猪突猛進』の凶将です。そして『兄弟』は『同僚』『ライバル』を象徴し、『争い』『嫉妬』『不正』を……、はい」


日和は居心地悪そうに目を逸らして、その先に桃子達がいたのでさらに視線を落とす。


「えぇ、まぁ、その、プロジェクトを早く進めるために、ちょっと蹴落としみたいなことはしましたけど……。不正はしてませんよ?」

「私にはどうでもいい」


紡の細い指が天盤をなぞる。


「さて、末伝まつでん。こちらがプロジェクトの結果、『達成されるか否か』を表すものです」

「は、はい……!」

「の前に課体かたい四課しかを見てみましょう」

「えっ」

「こちらは卜占においては相手の状態を表します。つまりプロジェクトのパートナー企業とか狙う顧客とか」

「はぁ」


紡はニヤリと笑った。日和の背筋が少し伸びる。


「こちらも『貴人』と『官鬼』なんですねぇ。向こうのほうがパワーバランスが強い。あなた方が提案して、受けてもらう側」

「そうですけど……」

「それを踏まえて末伝を見ると、『朱雀すざく』と『子孫』が出ています。『朱雀』は少凶にして『周囲を威圧する』『人当たりよくも内情は異なる』、しかして『臨機応変』。『子孫』は『客』『安心』『目下の人』。四課も合わせれば『向こうの無茶振りに臨機応変に対応出来れば、やりたかったのとちょっと違う内容になるけど、客は呼べたので会社としては一安心』くらいの話ですかね。十干じっかんと十二支は飛ばしましたが、大体こんなところでしょう」

「あぁ……、そうですかぁ……」

「以上です」

「はいぃ……」


気にしないタイプと言いつつ、満額解答ではない結果に日和は少し残念そうだった。






「ありがとうございました!」


プロジェクトの結果に対する予想は吉報とは言えなかったが、その経過は事実とぴったり合致。占いオタクのオカルト好きとしては満足出来たのだろう。お会計を済ませると軽い足取りで玄関まで行った。


「すごかったです! また来ます!」

「そうですか」


日和は深々頭を下げた。紡はその旋毛つむじに静かな声を掛ける。


「しかし、よくここが分かりましたね。ネットにでも書いてありましたか」


日和は頭を上げるとにっこり笑った。


「いえ! 行き付けの占い師さんに教えてもらったんです! あなたの話をしたら面識があるらしくて!」

「あぁ……、そう……」


日和が門を潜って姿が見えなくなってから、紡はポツリと呟く。


「顔が広いのも問題だな」






 応接間の片付けをしながら桃子は一連のことを思い出す。


「いやしかし、本当にすごい腕前ですね、紡さん。あ、いえ、別に疑ってたわけじゃないですよ? 普段からすごい霊能力見てますし」


対する紡は淡白だ。


「六壬神課、というか大体の占いに関しては霊能力がすごいとかはないんだよ。さっきのだって天盤持ってて用語と内容を覚えたら誰でも出来る。マヤ暦だってタロットだって風水だってそう。基本的に占いは学問であり、勉強すればプロになれるもの」

「あは。ボイラー技士と変わりませんね」

「何故に数ある専門職の中でボイラー技士……」

「強いて言うならスクライング、水晶占いで何を幻視するかくらい? あぁ、出た要素をどう読み解いてどう伝えるか、の上手い下手はあるね」


そこで紡は一瞬口を引き結んだ。そしてさっきよりやや低く冷たい声で続ける。


「でもそれだけで済まない場合もある。特に私みたいなのは」

「えっ? どういうことです?」


紡はそれに答えず天盤を持って部屋を出ようとする。桃子はその背中に、ある思い至ったことを投げ掛けた。


「あの、それって紡さんがずっとあの人を占うのを渋ってたことに、関係あったりします?」


紡はピタッと立ち止まると、一呼吸置いて振り返った。その顔には感情が無いような、むしろ言葉に表せない複雑に絡み合った感情があるような表情が浮かんでいる。


「それにあの人は、あちこちでたくさんの占いを浴びているからね」

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