七.杉本美知留、それとカレーライス
「何よ、アンタも巡回?」
ソファに身を沈める美知留は明らかに不機嫌だった。先に出て行った有原が先頃と同じ様に乗り込んで来たのだろう。
「あははぁ、まぁ……」
「でも残念ながら何の証拠も無いわよ」
「あったとしても気付ける自信は無いんですけどね」
「これだから警察は……」
「え?」
「や、何でもないわよ」
美知留はコホン、と咳払いをして座る姿勢を少し正した。
「にしてもあの有原って男、怪しいわよね」
「と言いますと? あ、隣よろしいですか?」
「どうぞ」
桃子は美知留に詰めてもらってソファに座った。
「やたら仕切りたがるじゃないアイツ。自分に突っ込まれたくないことがあるから話の流れをコントロールしときたいんじゃないの?」
「あー、なるほど……」
「わざわざ巡回してるのも『怪しい誰かの』じゃなくて『自分以外の全員の』動向が気になる立場だから、とかね」
「すごい! 見た目の割に頭冴えてるんですね!」
「何ですって!?」
「あ! いや! その!」
「まぁいいわよ。連れに免じて許したげる」
「さくらさんですか?」
美知留は煙草を取り出した。
「私ね、あなたの連れ合いには感謝してるのよ。あの人が言い出したおかげで有原のいる空間から解放された訳だし」
「あ、はぁ」
「それに髪綺麗だし」
「髪、ですか?」
美知留は長い金髪を手で
「私、昔っから荒れてて髪染めまくってたし、働くようになってから生活ももっと荒れるしで髪がすっかり傷んでるのよ。だから髪が綺麗な女の人は、好き」
「そうですか」
美知留はボフッとソファに沈み込む。
「全く傷んでないし、あの茶髪地毛なんでしょうね。綺麗で羨ましいわ。あとあの会沢って子は手入れ大変そうよね」
「あの、私は?」
「……パパと同じシャンプー使ってる様じゃダメね」
「そんなことありませんけど!?」
「開いてるわよ。どうぞ」
美知留が煙を吐くとドアをゆっくり開いたのはつばきだった。
「あら、お嬢さん。何か用?」
「あ、桃子さんもこちらでしたか。お昼ご飯が出来ましたので、食堂までお越し下さい」
「お昼は何ですか?」
「あは。カリーライスですよ」
温かい食事のようで桃子は安心した。
食堂に入ると三つの鍋と二つのお
「ビーフ、チキン、シーフード、お好きなのを仰って下さい」
「選べるんですか!?」
「えぇ、何になさいます?」
「ビーフ!」
席には既に荻野、大島、薫が着いていた。
「紡さんは……」
「食堂には来られないそうなので、後でお届けします」
因みに美知留も来なかった。曰く「有原とバッティングしたら何食べても不味い」とのこと。
その時もつばきは「でしたら後でお部屋にお届けに上がります」と頭を下げた。
そう言えば美知留に何カレーがいいか聞いていなかったが、聞きに行って戻って来て届けるみたいな二度手間をするのだろうか。
桃子も席に着く。他の三人が微妙に近からず遠からずの位置を保っているので、桃子もその距離感を破壊しない位置を心掛けた。
カレーをスプーンで掬ってみる。具は角切りの牛肉しか入っていない様に見えて、ほぼ溶けてしまった極めて薄切りの玉葱が入っているようだ。
まずは一口。初めは豊かな甘味が来て、徐々にルーの辛味が迫り上がって来る。後味は非常にホットでスパイシーな、奥行きのある仕上がりだ。
「美味しいです!」
「あは。ルーは辛めのものを選んで、野菜の甘さで
なるほど、玉葱が薄切りなのは炒めて甘味を出す為で、おそらく人参やジャガイモも
次に牛肉も一口。しっかり煮込まれていて、適度に歯応えを残しながらホロホロと溶けていく。そして噛み締めると牛肉の旨味がルーの味と調和しながら染み出すのだから堪らない。
これはもうビーフで決まり……と恍惚するのが沖田桃子という人間だが、その端から大島が食べている海老に目移りするのも桃子である。
「あの〜」
すると唐突に視線の先の大島が口を開いた。
「あっ! はい! すいません! ジロジロと!」
「何がですか?」
「えっ?」
「あー、やっぱ止めといた方がいいのかな」
どうやら桃子の早合点だったようである。しかし大島は微笑みながらも、と言うかそういう地顔なのだろう表情を崩さないながらも、少し伺うトーンになった。
「何がですか?」
桃子が身を乗り出すと薫や荻野も視線を向ける。
「気になる切り出しをして続きを言わないのは犯罪ですよ」
「言うだけならタダとも言う。言ってみたまえ」
「えー、はい、それじゃあ。嫌ならノーと言って下さいね」
大島は軽く居住まいを正した。
「誰が幽霊だと思うか、ちょっと意見交換しませんか?」
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