二.燃えよ桃ゴン

 お昼を食べ終わり大通りに出ると、平日の昼ながらそこそこの賑わいがある。小〜高校生の夏休みは終わったので多少人は減ったのだが、それでも日差しに負けない活気が溢れている。


「せっかくですし遊んで行きませんか?」

「怪我してよ帰れって言われたのに遊ぶつもりなの」

「いいんですよ! こんなの早退けするような怪我じゃありませんし。厄介払いみたいに追い出したのは向こうだから私だって当て付けに遊んでやるんです!」

「誰も見てないのに当て付けになるのかな?」

「あは。やっぱり懲戒免職みたいなものじゃないですか」

「うるさーい! ほら、ゲームセンターとかボウリングとかカラオケとか行きますよ!」






「なんでりに選ってこれなんですか?」

「ロン! 立直リーチ一気通貫イッツー一盃口イーペーコードラドラ! です!」

「おや、桃子ちゃん三麻はお嫌い?」

「秋刀魚だかサンバだか知りませんけど、そもそも麻雀のルール知りませんよ!」

「桃子さん早く点棒払って下さい」

「どれを何本渡せばいいのか分からないんですが!?」

「一万二千点だね」

「だから分かりませんって!」


三人はラ◯ンドワンでもなければジャン◯ラでもない、雑居ビル三階の雀荘で卓に着いている。横からつばきが勝手に点棒を取る中、桃子は尚も紡に抗議する。


「大体なんで雀荘で麻雀なんですか!」

「雀荘で他にすることないでしょ」

「店によってはご飯食べれますよ」

「そうじゃなくて! 若い女子三人、もっとイマドキ〜☆ でオトメ〜♡ な遊びがあったでしょう! それが何をどうトチ狂って麻雀なんですか!」

「全自動卓は洗牌シーパイ砌牌チーパイもしなくていいので楽ですね〜」

「ほら桃子ちゃん、全自動なんてイマドキじゃん」

「そういうことじゃないんですよ!」


ここまでまともに取り合ってもらえないのに、桃子が尚も抗議するというご苦労なことをしようとしていると、


「テメェ、イカサマだろこの野郎!」

「んだと田吾作!」


急に店の奥側で怒号が交差した。見るとまだ夏休みが続いている大学生だろうか、そんな感じのガタイのいい男二人が椅子から立ち上がって言い争っている。


「ななな、なんですか!」

「しっ、無反応に限るよ」

「絡まれたら嫌ですからね。気配を消しましょう。私は幽霊私は幽霊……」

「そもそも幽霊でしょ」


そうやって三人がやり過ごそうとしている間にも言い争いはヒートアップしていく。


「さっきからテメェばっかり上がりやがって! しかもはえぇんだよ! ツイてるってレベルじゃねぇ! イカサマだ!」

「何言ってんだこのタコ! 全自動でどうやってイカサマやるってんだよ! テメェがんなことも分からねぇノミみてぇな脳ミソだから勝てねぇだけだろうが!」

「こ、の、ヤロォォ〜!」


イカサマだと食って掛かった方の男はワナワナと震え出すと、一瞬身体に力を込めて


「くたばれ!」


相手を思い切り殴り飛ばした。


「きゃあ!」


殴られた方は雀荘のバイトのお姉さんの足元まで床を滑った。バイトの彼女は細い悲鳴を上げて厨房へ逃げ込む。


「チクショウが! ぶっ殺す!」


殴られた方も跳ね上がるように起きると一気に駆け出した勢いそのままに殴り返す。食って掛かった男の身体が別の客の卓に突っ込み牌やドリンクを辺りにぶち撒ける。

遂に周囲に被害が出たからか、硬直していた他の客達も悲鳴を上げて逃げ出す。喧嘩している二人と同じ卓に着いていた二人も既にいない。

しかし紡とつばきは未だに手牌と睨めっこ。


「雀荘で殴り合いとは」

「カンフー映画みたいですね」

「なんで二人ともそんな冷静なんですか! 早く逃げて下さい!」

「まだ支払い済ませてないし」

「んなこと言ってる場合ですか!」

「桃子さんこそさっさと逃げた方がよろしいのでは?」


つばきがチラッと送った視線に桃子も思わず出口に向かいかけたが、


「ダメです。私は警察官として喧嘩を収める義務があります」


キュッと立ち止まった。


「無茶だなぁ」

「せっかく公務員なのに無茶したら世話無いですよ」

「ここは私をカッコいいと褒める所です!」


その桃子の訴えが、思った以上に店内に響いた。


「あれ?」


知らない内に怒号が止まり客も逃げ切って店内が静かになっていたのである。

しかしそれは喧嘩が収まったということではない。ただ、喧嘩中の二人が一時中断して桃子の方を見ているだけだ。


「……おい、何見てんだよ」

「はえっ!?」

「オメーだよオメー! 見てんじゃねぇよ!」

「いやむしろ見てるのはそっち……」

「なんだテメェコラ!」

「しばくぞゴルァ!」


謎に暴発した暴漢共が鬼の形相で桃子に迫る。


「ちょちょまっ!」


老人の喧嘩に割って入ったり複数の警官の中で仲裁に参加するのとは訳が違う、人間が軽く吹っ飛ぶくらいの腕力でやり合っている若い男二人相手に一人。大見え切ったはいいが、向こうからやって来られると怖いものは怖い。思わず狼狽える桃子の横で、


「つばきちゃん」

「はい」


なんかつばきは呑気にポーチからペットボトルを取り出す。


「ちょっと! そこは携帯で警察呼ぶ所でしょう!」

「今から呼んで間に合うのなんて屋外ヒーローショーくらいですよ」

「舞台袖でスタンバってるもんね」

「そんな呑気な!」


つばきが紡にペットボトルを渡している内にやから共はもう桃子を殴れる間合いへ。とにかく習った捕縛術を走馬灯の様に思い出している(時点でもうダメそう)桃子が、拳を振りかぶった男に対し捕縛とは全く関係無い本能的な防御姿勢を取った所で、


バシャッ!


と紡がペットボトルの中身を男の胸の辺りにぶち撒けた。


「なんとぉぉぉぉぉぉぉぉ!? 何してはるですかーっ!?」


驚いたのは桃子である。既に攻撃態勢の相手を更に逆上させるようなことをしては命が危ない。これでは桃子に飛んでくる拳の威力は倍増、その後紡まで殴られてつばきは、まぁ幽霊はなんとかなる。

と思った桃子だが、いつまで経っても拳が飛んで来ない。


「あれ?」


恐る恐る男の方を見てみると、彼らは何だかポカーンとしてシャツの濡れた部分を見ている。そして、


「絡まないで下さい。警察呼びますよ?」

「あっ、はい、すいません……」


紡に叱られるとすごすご立ち去って行った。荒れた店内には三人とカウンターに身を隠していたバイトとマスターだけになった。


「あは。警察呼ぶも何も、警察いるんですけどね」

「な、なんですか今のは……?」


呆然とする桃子に対して、それこそカンフー映画を撮った後みたいになった店内で紡は笑う。麻雀卓を手で指しながら、


「まぁ座りなよ桃子ちゃん。次、君が親だよ」

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